生体内で荷物を運ぶキネシンは、化学エネルギーを力学的な仕事へと変換する分子モーターである。その運動機構の理解の進展とは裏腹に、エネルギー変換の理解は進んでいなかった。私は、これまでの研究で1分子キネシンの力学操作と応答計測を行い、キネシンの運動に伴う非平衡散逸を定量した。その結果、入力された化学エネルギーの大部分が、計測プローブからは見えない形で、キネシン分子の内部から散逸されていることを新たに見いだした。本研究では、その未知の内部散逸がどう生み出されるのか、キネシンの分子内部でのエネルギーの流れの定量的な理解を目的として研究を行ってきた。 これまでに、実験結果からの要請を満たしつつ局所詳細釣り合いの条件を組み込んだ、キネシンの新しい理論モデルを構築し、さらに本課題と並行して得られていた外力ゆらぎによるキネシンの運動の応答の実験結果についても本課題で得られた数理モデルを適用して検証を行ってきた。まずは、そのモデルを野生型キネシンだけでなく、キネシンの変異体、特に片方の頭部のみに変異を加えたヘテロ変異体で得られた実験結果にも適用すべく、理論の拡張を行った。その結果、これまでは一つのジャンプする質点として捉えていたキネシンの運動を、両足が交互に踏み出すモデルへと拡張できた。つづいてこの新しい数理モデルの確からしさを検証するため、新しい1分子計測系を構築しつつ、ヘテロ変異体キネシンの1分子計測を試みた。ひきつづくコロナ禍の影響と研究実施機関の異動が重なり、実験結果と数理モデルのすり合わせには遅れがでていたものの、新たな1分子計測系の構築とそれによる予備的な結果が得られた。
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