研究課題
我々はこれまでにプラズマ活性培養液(Plasma-activated medium, PAM)やプラズマ活性乳酸リンゲル溶液(Plasma-activated Ringer’s lactate solution, PAL)が脳腫瘍、卵巣癌、胃癌、膵癌等様々ながん細胞に抗腫瘍効果をもたらすことをin vitroおよびin vivoの実験により示してきた。脳腫瘍培養細胞における細胞内分子機構の研究から、PAMもPALも脳腫瘍培養細胞にアポトーシスを誘導するが、PAMの方がPALよりも細胞内活性酸素種を多く生成することが分かった。これらの実験結果から、PAMとPALでは異なる細胞内分子機構により脳腫瘍培養細胞にアポトーシスを誘導することが示唆された。また、これまでに脳腫瘍培養細胞では生存・増殖シグナリングネットワーク中の主要な経路の活性化がPAMにより抑制されることを見出してきた。昨年度は更にPALが生存・増殖シグナリングネットワークに及ぼす影響と、PAMやPALが脳腫瘍培養細胞の遺伝子発現ネットワークに及ぼす影響をリアルタイムPCR法を用いて調べた。またPAMやPALが免疫原性細胞死を誘導する可能性についてフローサイトメトリー法により調べた。名古屋大学医学系研究科産婦人科学、生体反応病理学、口腔外科学、名大病院先端医療臨床研究支援センター等との共同研究により4報の原著論文をまとめ公表した。またGreifswald Universityなどとの国際共同研究による論文を1報公表した。更に2報のreview論文を公表した。1件の国際会議での招待講演、1件の国内会議での招待講演を行った。
1: 当初の計画以上に進展している
昨年度の研究により脳腫瘍培養細胞においてPALも生存・増殖シグナリングネットワークの主要な経路の活性を抑制することが分かった。更に遺伝子発現の解析により、PAMが酸化ストレスに応答してアポトーシスを誘導する遺伝子発現を増加しているのに対し、PALはそのようなシグナル伝達経路上の遺伝子発現は増加せず、生存・増殖に必要な遺伝子発現を減少させることによりアポトーシスを誘導することなどが明らかになった。現在、これらの結果を論文にまとめ投稿準備している。基礎生物学研究所、核融合科学研究所との共同研究により、プラズマ活性溶液が細胞にもたらす影響について、酵母からヒトにいたるまでの真核生物に保存された分子機構の解明を目指した研究を推進した。細胞周期制御の分子機構は酵母での研究により発見された分子がヒトにも存在し真核生物に普遍的な分子機構の解明へとつながった歴史的背景を持つが、我々はPAMやPALがヒト培養細胞の細胞周期に及ぼす影響を調べ、脳腫瘍培養細胞においてG2/Mアレストを引き起こすことを発見した。現在、更なる分子機構の解明を進めている。プラズマは免疫原性細胞死を誘導することが知られているが、PAMやPALにおいても免疫原性細胞死を誘導しうるかを調べたところ、そのマーカーであるCalreticulinタンパク質が細胞表面に多く発現することが分かった。現在、更に、PAMやPALがどのように免疫系の活性化を引き起こすのかの分子機構の解明を進めている。
これまでの研究で、PAMとPALによる細胞死の細胞内分子機構の解明は進んだと言えるが、選択的殺傷効果の分子機構は未だ明らかになっていない。PAMやPALにおいてプラズマにより活性化される物質が明らかになりつつあるので、それらの物質がシグナル伝達や遺伝子発現に及ぼす影響を引き続き調べる予定である。また選択的殺傷効果を説明しうる機構として、細胞内シグナル伝達内におけるフィードバック構造などが影響を与えていると考えているので、PAMやPAL内の主要な物質がどのようにシグナル伝達ネットワークに作用することで、細胞死を誘導するのかを調べる予定である。またPAMやPALが細胞内シグナル伝達ネットワークや遺伝子発現ネットワークに及ぼす影響については未だ一部が明らかになったにすぎないので、引き続き包括的な機構解明を目指して研究を推進する。また昨年度の研究からPAMやPALにより免疫原性細胞死が誘導されうる予備的な実験結果を得たので、引き続き、PAMやPALへの免疫系への作用について調べる。これらの研究により、PAMやPALが化学療法としてのみならず免疫療法としても有用であることが明らかになると期待される。昨年度に自然科学研究機構、九州大学、名古屋大学を中心としてプラズマ生命科学研究を推進する仕組みとして、プラズマバイオコンソーシアムが立ち上がったが、この枠組みの中で、本研究により様々な生命現象を普遍的に説明する分子機構モデルを提案する。
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