研究課題/領域番号 |
18K03608
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
諸井 健夫 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (60322997)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 真空崩壊 / 素粒子標準模型 / 暗黒物質 |
研究実績の概要 |
2018年度はまず、電弱真空の崩壊率を1ループの次数で定量的に求めることに成功した。素粒子標準模型の枠内では、電弱真空は不安定であることが知られているが、その崩壊率の性格な計算はなされていなかった。本研究では電弱真空の崩壊率を1ループで計算する手法を確立し、標準模型の枠内で崩壊率を定量的に求めた。この計算においては、これまで正確に扱うことができなかったゲージ対称性に付随したゼロモードの効果を正しく取り入れることに成功している。さらに、電弱スケールからプランクスケールの間に新たな粒子が存在する場合の崩壊率も計算し、その影響が重要となる場合があることを指摘した。 続いて、アクシオン的場の振動が現在の宇宙に存在する場合、それが宇宙21cm線のフラックスに与える影響ついて研究した。2018年、EDGES実験は50-100MHz程度の振動数の宇宙21cm線のフラックスに特異的振舞が存在するという観測結果を発表した。本研究では、その振舞がアクシオン的場が電磁波に転換されることで説明できることを指摘し、そのようなシナリオが成り立つパラメータ領域を明らかにした。 また、現在の宇宙においてヒッグス場に結合したスカラー場がゆっくりと運動している場合、ヒッグス場の真空期待値は時間変化する。本研究では、そのようなシナリオに対する宇宙論的制限を明らかにした。この議論はあるクラスの弦理論に基づく素粒子模型を制限する上で重要となる。 さらに、暗黒物質粒子となり得る電弱相互作用を持つ粒子を、将来の加速器実験で検証する手法について研究した。暗黒物質粒子が直接生成されなくとも、輻射補正を通してその存在を検証できる可能性がある。本研究では、100TeV程度の重心エネルギーを持った陽子・陽子加速器におけるレプトン対生成過程に対する輻射補正の効果を調べ、暗黒物質粒子のシグナルを検出し得るパラメータ領域を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の主軸となる研究は、1.ビッグバン元素合成に基づく標準模型を超える物理の研究、そして2.電弱真空の安定性に基づく標準模型を超える物理の研究のふたつである。 研究実績の概要の欄に記入した通り、電弱真空の安定性に基づく標準模型を超える物理の研究については、標準模型の枠内での真空崩壊率の計算を行うとともに、電弱スケールからプランクスケールの間に新たな粒子が存在した場合の真空崩壊率の計算も完成させることができた。 また、ビッグバン元素合成に基づく標準模型を超える物理の研究に関しては、現在1GeV程度以下の質量を持つ軽い(標準模型を超える物理の)粒子が光子や電子・陽電子対に崩壊する場合についてのビッグバン元素合成からの制限を理解するべく、研究を進めているところである。この研究に関しても進行状況は順調である。 さらに、研究実績の概要の欄に記入したように、EDGES実験の結果に触発された宇宙21cm線に関する研究や、将来の加速器実験によって暗黒物質粒子についての情報を得る可能性についても研究を行い、成果をあげることができた。 以上により、本研究は当初の計画以上に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度はまず、ビッグバン元素合成に基づく標準模型を超える物理の研究を進展させる。現在1GeV程度以下の質量を持つ軽い粒子が光子や電子・陽電子対に崩壊する場合に対するビッグバン元素合成からの制限を、川崎雅弘氏、郡和範氏、村山斉氏とともに進めているところである。まず、この研究で必要となる、粒子崩壊により生成される光子スペクトル計算のための数値計算プログラムを完成させる。続いて、その結果を宇宙初期の軽元素破壊率の計算に用い、軽い崩壊粒子が存在する場合の軽元素量の計算を行う。そして、得られた軽元素量を最新の軽元素量観測の結果と比較することにより、ビッグバン元素合成が1GeV程度以下の質量を崩壊粒子に与える制限を明らかにする。 また、2018年度に行った、電弱相互作用を持つ粒子を将来の加速器実験によって検証する手法についての研究を発展させる。2018年度の研究においては、荷電レプトンの対生成のみを考えて暗黒物質粒子への制限がどの程度となるかを議論したが、2019年度は荷電レプトン+ニュートリノという生成過程も考慮することで、探査可能なパラメータ領域がどの程度広がるかを明らかにする予定である。さらに、荷電レプトンの対生成過程と荷電レプトン+ニュートリノ生成過程から得られる情報を組みわせることにより、暗黒物質粒子の質量やゲージ量子数に関する情報も得られると考えられる。この点に関しても研究を進め、暗黒物質粒子の性質についてどのような情報がどの程度の精度で測定し得るかを明らかにする予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
学内業務により、参加を計画していた研究集会に参加できなくなったため、2018年度に未使用額が生じた。これについては、同じテーマをカバーする研究集会に今年度参加するための旅費として使用する。
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