研究課題
前年度までのビーム照射実験により、以前の原理検証実験と比べ、広い面積、広い角度範囲で使用可能であることが示された。原子核乳剤のベース素材としては、ポリスチレンフィルム、アクリル板と比べ、ガラス板がより平面性に優れ、最適であることがわかった。また、CES構造としては、低密度スペーサー(ロハセル板)をバネで押さえる構造のスタックはスペーサーの厚みが均一ではないこと、バネによる局所的な圧力の存在等の理由により、場所によって小さな歪みを生じることがわかった。そこで令和元年度は、より平行度を増した新しい空気ギャップ方式のCES構造体を設計し、製作した。また、乾板のたわみ軽減と扱いやすさ向上を目指して、ガラスベース板の厚さを前年度の200μmから500μmに変更した。その効果を評価するため、磁場を印加しない状態で宇宙線を照射する実験を実施した。乾板間の飛跡を接続、再構成すると飛跡の曲がりはないので、飛跡のサジッタは0を中心に分布する。その分布の幅は多重電磁散乱および飛跡位置の測定精度、乾板の歪みやたわみを含むアラインメント精度を反映しており、その値は磁場を印加したときと同じで、電荷識別能力や運動量測定精度などのCESの性能は評価できる。一方で、宇宙線には運動量の低い粒子も含まれ、多重電磁散乱によりサジッタの幅を広くしてしまう。そこで、CESの下流に、鉛板を挟んだエマルション・クラウド・チェンバー(ECC)を置いて運動量を測定し、運動量ごとにその値より運動量の低い宇宙線飛跡を除いてサジッタの幅をプロットした。すると局所的なアラインメント後のtanθ<0.3の飛跡に限れば、サジッタの幅は多重電磁散乱と飛跡位置の測定精度を入れたモンテカルロシミュレーション(MC)の予想とほぼ合う。これにより、乾板の歪みやアラインメントの誤差は十分に小さく、CESは期待通りの性能を持っていることがわかった。
2: おおむね順調に進展している
当該年度までに実施した研究により、コンパクト・エマルション・スペクトロメーター(CES)は実際の実験に即した現実的な条件下でも予想される性能を発揮できることがわかった。そのために必要な乾板のベース材、取扱い方、CES構造体、さらに飛跡再構成や解析の方法に関する新たな知見が得られつつある。
令和元年度に実施した宇宙線照射実験では期待通りの性能を持っていることが示されたが、一方で統計は十分ではないことがわかった。そこで照射時間を延長して、前回同様の宇宙線照射実験を実施した。宇宙線の照射は終了し、その後の現像処理、高速自動飛跡読み取り装置HTSを用いたスキャンニングまでは行ったが、解析はまだこれからである。約3倍の統計向上を期待しているので、その結果をもとに、さらに構造体の改良を検討する。本番用CESの大型化も視野に入れ、その新しい構造体を参考に実用型CESの原型を完成させる。
理由次年度使用とした予算は新しいCES構造体設計・製作と実証実験のための費用、関連の消耗品費、および共同研究者と議論するための出張旅費として予定していたものである。その基礎となる第1回目の宇宙線照射実験では、期待通りの性能が示されたが、統計は十分ではなく、やや不確実な結果であった。そこで年度末近くの1月末から2月にかけて第2回目の宇宙線照射実験を追加して実施し、統計の向上を目指した。新しいCES構造体の設計・製作に入るには、第2回目の実験結果を確認し、また共同研究者とも議論したいところである。しかし、第2回目の実験の解析は未完了で確認できる状態ではない。また、3月中旬の日本物理学会第75回年次大会は新型コロナウイルス感染症拡大のため現地での開催が中止となり、共同研究者との対面での議論も困難な状況となった。そこでこの予算は次年度に繰り越し、次年度研究費と合わせ、使用することとした。使用計画繰越金は令和2年度の研究費と合わせ、新しい構造体の設計・製作費、関連する消耗品の購入、共同研究者との対面での議論や成果発表のための出張旅費などに使用する予定である。
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すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 6件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 3件) 備考 (2件)
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