研究課題/領域番号 |
18K03681
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研究機関 | 国立天文台 |
研究代表者 |
麻生 洋一 国立天文台, 重力波プロジェクト, 准教授 (10568174)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 重力波 / 熱雑音 / 低温 / コーティング |
研究実績の概要 |
LIGO によるブラックホール連星や中性子星連星からの重力波検出は,これまで存在の知られていなかった20太陽質量を超える恒星質量ブラックホールの発見,ショートガンマ線のバーストの起源解明など,重力波が未知の天体現象を探索するツールとして有望であることを示した。一方で,やっと検出が可能になった段階から,詳細な波形解析によって多くの情報を引き出す段階へと重力波天文学を深化させていくためには,検出器の感度向上が欠かせない。 レーザー干渉計型重力波検出器の感度を制限する主な原因の一つが、鏡の熱雑音である。特に、高反射率を実現するためのコーティングは、光学的特性と低熱雑音を両立させることが難しく、最も大きな熱雑音源となっている。そこで、熱雑音の低いコーティング手法を開発することは喫緊の課題である。 本研究では、KAGRAのような低温重力波検出器において有効なコーティング手法を探るために、低温においてコーティング熱雑音の直接測定をすることができる装置を開発している。開発中の装置は折返し型光共振器に2つの直交する高次光モードを同時に共振させることで、サンプル鏡面の異なる部位の熱雑音変位を検出し、2つのモードの位相差を測定することで熱雑音の大きさを直接計測するものである。我々の研究のユニークな点は、この装置を20K程度の低温まで冷却可能にすることである。 本年度は、昨年度に製作した鏡を用いて光共振器の動作試験を行った。しかし、共振器内の光学損失が想定よりも大きく、必要な性能を満たしていないことが判明した。そのため、別途溶融石英製の鏡を製作し直した。この鏡を用いた共振器の動作試験を現在行っている。また、複数の高次モードを同時に共振器にロックするのに必要な周波数シフト装置などを備えた入射光学系を構築した。さらに、低温における残留ガス分子吸着による光学ロスの次世代重力波検出器に与える影響を計算した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、前年度に設計・製作した光共振器用の鏡を用いて、実際の光共振器を構成し、その性能試験を行った。その際、共振状態における光の透過量が想定よりも小さいことが判明した。これは、鏡の光学ロスが想定より大きいことに起因しており、そのため鏡の再製作が必要となった。今年度、ロスによる影響を受けにくいように、量子雑音的には不利になるが、共振器のフィネスを下げた鏡を、溶融石英で製作した。この鏡でシステムの動作を確認後、シリコン製の鏡に交換する計画である。 また、本実験ではレーザーの光をTEM00, TEM02, TEM20の3つの光モードに分け、それぞれ同一の光共振器に同時共振をさせる。この際、異なるモード間のGuoy位相変化により、これらのモードの共振周波数はシフトする。そのため、共振器の入射光学系は複数の音響光学変調器を組み合わせた複雑なものとなる。今年度は、この入射光学系を構築した。 さらに、本実験では折返し共振器を低温に冷却するため、その過程で熱収縮によって共振器の光軸が変化してしまうことが懸念される。そこで、熱膨張率の小さいインバーを用いたV字型のスペーサーを設計し、熱収縮による鏡の変形を抑えながら保持する機構などを開発した。このスペーサーと、新しい鏡を用いて、現在光共振器の動作試験を再度行っている。 また、低温干渉計においては、冷却時に鏡表面に吸着する残留ガス分子による光学ロスの増加が問題となる。KAGRAにおける残留ガス分子吸着速度の測定結果と、理論モデルを組み合わせて、次世代重力波検出器における残留ガス分子の影響を見積もった。その結果、長波長のレーザーを用いるシリコン鏡の干渉計では、アモルファス水分子の光学吸収が大きくなるため、光学ロスが問題となることが分かった。この結果は現在論文にまとめている。
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今後の研究の推進方策 |
今年度製作した、折返し共振器の低膨張率スペーサーと、低光学損失ミラーを組み合わせて、折返し共振器にTEM00/TEM20/TEM02の3モードを同時にロックさせることが、次の目標である。そのため、光学アラインメントを追い込む作業を進めていく。 その上で、まずは常温でコーティング熱雑音測定を実施する。そのためには、レーザー周波数雑音やレーザー強度雑音の安定化を行う必要がある。周波数安定化はTEM00モードを用いて行う。高度な安定化を行うためには、制御ループの最適化と、サーボ回路の低雑音化が肝となる。そのために必要な電子回路の設計も進めていく。 常温での熱雑音測定に成功した後は、クライオスタットを冷却し、低温での測定に調整する。その際に問題となるのは、熱収縮によるアラインメントのズレである。これは、真空槽外のステアリングミラーを用いて調整する計画であるが、実際にどの程度の調整が必要であるのかは、試行錯誤が要求される。また、残留ガス分子による光学ロスの増加も問題となり得る。これは、時間とともに増加するため、本装置を用いて理論計算モデルの検証を行うこともできる。理論計算論文については、早い段階で学術誌に投稿する予定である。
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