地殻内への応力蓄積と地震発生の関係を理解するためには、歪みエネルギーという観点から地震の準備過程を捉えることが重要だと考え、理論と観測の両面から検討を進めてきた。歪みエネルギーを定量評価するためには、地殻変動の力源である非弾性変形を精度よく安定的に推定し、その結果から弾性媒質モデルを用いて地殻内応力変化を求める必要がある。GNSS観測データから安定的に非弾性変形の分布を推定するために、マルコフ連鎖モンテカルロ法の一種であるハミルトニアンモンテカルロ法を用いてL2正則化と非負の条件を取り入れたインバージョン手法を実装した。 日本列島で最も顕著な定常変形を示す地域の一つである新潟-神戸歪み集中帯に本手法を適用した。その結果推定された非弾性変形は、地殻深部ではシンプルな帯状の分布を示すのに対し、地震が発生する地殻浅部(0-10km)では深部と全く異なる複雑な空間分布を示した。この結果は、内陸地震を引き起こす応力蓄積を考える上で重要な意味を持つ。 従来、地殻変動および地殻内の応力蓄積のプロセスは、地殻ブロック運動モデルによってモデル化されることが多かった。地殻ブロック運動モデルでは、地殻をいくつかのブロックに分割し、それぞれのブロックの相互作用によって地殻変動を説明する。この際、上部地殻から下部地殻を貫くブロック境界面でのすべり遅れが内陸地震を引き起こす局所的な応力蓄積の源であると解釈される。 しかし、本研究の結果は、上部地殻と下部地殻を一体と考える単純なブロック運動モデルでは現実の応力蓄積プロセスを正しく説明できない場合があることを示唆する。本研究で推定された非弾性変形の描像を基に、今後は複雑な上部地殻の非弾性変形と応力蓄積を表現するモデルを構築していくことが必要である。
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