マイクロ熱流動場ではクヌッセン数が大きくなるため,固体表面における境界条件が大きく影響する.しかし,実在の表面に対する境界条件を高精度に表現することは容易ではない.この境界条件とは分子の固体表面における散乱過程のことである.散乱過程を表現する代表的なパラメータとしては分子の固体表面への平均的な適応割合を示す適応係数が知られており,熱輸送に関するエネルギー適応係数(EAC)や流動抵抗に関する接線方向運動量適応係数(TMAC)が実験的に計測されている.そこで,散乱過程に対する異なる統計平均量であるこれら二つの適応係数を同じ固体表面試料に対して比較解析することで,高クヌッセン数となるマイクロ熱流動場における実在表面に対する境界条件を提案することを目指す. EACに関しては,自由分子流領域における熱輸送を用いた計測システムにより様々な形態の表面に対して計測し,システムの検証を行った.また滑り流領域において温度飛躍係数を計測するシステムの構築を行うことで,間接的にEACを導出することも行った.一方,TMACに関しては,自由分子流領域で計測するシステムを構築して得られた値の定量的な評価を行うとともに,滑り流領域でTMACの関数となる速度滑り係数の計測を行うシステムの構築を行った.これらの様々なアプローチによって計測された適応係数を,既存の境界条件モデルに対して得たパラメータ決定手法に適用したところ,問題なくパラメータを決定できることが明らかとなった.また,速度滑り係数や温度飛躍係数を用いるよりもEACとTMACを利用する方が良いことも明らかとなった.このようにEACとTMACを同一表面に対して計測できる環境が整ったものの,一般的な境界条件の理解を深めるための詳細な解析を行うには計測システムの更なる精度向上と継続的な計測データの蓄積が必要であることも明らかとなった.
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