研究課題/領域番号 |
18K04402
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研究機関 | 木更津工業高等専門学校 |
研究代表者 |
武長 玄次郎 木更津工業高等専門学校, 人文学系, 准教授 (00322991)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 論説分析 / 水利事業への批判 / アメリカでの紹介 |
研究実績の概要 |
嘉南灌漑システム事業および事業の中心人物、八田與一について2019年度5月、8月、12月に行った台湾での現地調査、台湾と日本国内での史料収集により、すでに集めていた史料と合わせ分析を行った。八田與一は技術者としての功績が賞賛されてきたが、政治的な意見は全くといってよいほど検討されなかった。八田が多数寄稿した『台湾技術協会誌』での言説を分析した結果、八田は基本的に当時の日本が行ってきた戦争などの対外政策を支持するが、強引さや現地住民の感情無視を批判し、治外法権の撤廃や農業開発、水利システムの整備による経済発展を主張した。5月の日本科学史学会での講演、12月の日本技術史教育学会2019年度全国大会講演でこれについて発表を行った。5月に台湾で実見した八田與一の記念祭についての紹介と、従来学界で知られていなかった戦後の八田に関する論稿紹介を、9月に台湾・国立聯合大学で行われた国際会議に台湾・徳明財経科技大学の山下将央とともにポスター発表を行った。戦前期台湾の有力新聞『台南新報』から、当時発行されていたアメリカの雑誌『Earh Mover』の記事で、嘉南を訪れ八田與一をはじめ灌漑システムの工事関係者と交流したアメリカ人技術者による八田や事業を高く評価したものを発見、『技術史教育学会誌』に資料として記事の翻訳を紹介発表、八田の名がアメリカでも知られていたことを、はじめて確かな根拠に基づいて明らかにした。2020年1月12日の『北國新聞』で武長とこの資料が紹介されている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
嘉南灌漑システムおよび建設の中心人物であった八田與一や関係者について、2019年5月、8月、12月に行った台湾での現地調査および国内での史料分析により、多くの成果が得られた。八田與一は、従来日本や台湾でよく言われるように、台湾に奉仕し民族的偏見を一切持たない人物でも、批判的な少数が言うような植民地支配の尖兵でもなかったことが明らかになった。八田は当時の国策に不満は持ちつつも、進んで協力する当時の日本人にありがちな人物であった。さらに、八田の国際的な評価に関し従来の研究では明らかにできなかったが、嘉南灌漑システムが建設中の1920年代に台湾を訪問したアメリカ人技術者が八田をはじめとする事業関係者と広く接し、アメリカ帰国後に八田および灌漑事業さらに日本による台湾統治を高く評価する論稿をアメリカの雑誌に掲載していたこと、それが台湾でも知られ有力紙『台南新報』に掲載されていたことを、世界ではじめて明らかに学界に紹介した。また、八田の上司にあたり嘉南灌漑システムの責任者であった枝徳二は、従来日本でも台湾でもほとんど知られていなかったが、当時の台湾の代表的な新聞『台湾日日新報』および『台南新報』を分析した結果、枝は台湾において灌漑システムの代表者として広く知られその知名度は恐らく八田を越えていたこと、その知名度を生かして新聞紙上に灌漑事業の意義を繰り返し宣伝していたことを明らかにした。枝はさらに、自身の台湾論、台湾開発論も多く述べている。また、嘉南灌漑システムおよび八田與一は現在の台湾で高く評価されている。それは、毎年5月8日の八田の命日に欠かさず記念祭が行われていることからもわかる。この記念祭に今回出席し、八田に対する台湾人の誠実な思いを記録するとともに、今まで全く知られていなかった文献を含め、戦後日本の八田論を概観した論説も発表した。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は3年目に入り、研究をまとめる段階になった。2018年8月の台湾訪問で行った、現在嘉南灌漑システムを運営している嘉南農田水利会の職員に対しておこなったアンケート調査は、直接八田と同じ水利事業に関わり毎年5月に実施されている八田與一の記念祭を主催している団体に所属している人たちならではの視点がある。これを是非論文として紹介したい。また、八田は30年以上台湾で技術者として活動しており、技術者の権利拡張運動を「台湾技術協会」を舞台に展開していた。この活動については日本でも台湾でも知られていないが、日本国内や台湾で収集した文献から中心人物としての八田の言動をはじめ、その他の人々の活動などについてもかなり詳しいことが明らかになっており、これについても論文として広く世に問うつもりである。嘉南灌漑システムは、戦後著しく発展しており、日本の技術者、コンサルタント、建設会社などが様々な形で貢献している。これに関して、さらに調査を進めて明らかにしたい。また、戦後台湾で活躍した人々と戦前における八田與一との関わりについても調査を進める予定である。嘉南灌漑システム事業の責任者枝徳二について、一定程度のまとまりをつけるとともに、八田以外の技術者や事務職など数多くいた関係者の活動についても調査と分析を進める予定である。灌漑システ発展にともなって地域の農業も大きく成長し、米やサトウキビなどの作物の収穫が増加することによって、多くのそこに住む人々を豊かにする結果となった。だがこれについては、水利費用を住民に負担させたなどの批判もある。できるかぎり多方面から史料を収集し、灌漑システムの経済的な効果についても多くの人を納得させる議論を展開できるようにしたいと思っている。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定であった、ゆまに書房『植民地帝国人物叢台湾編』全19巻の購入手続きが遅れたことと、2020年3月に台湾での文献収集を実施予定であったが、新型コロナウイルスが流行したために不可能になったことで、次年度使用額が生じた。2020年度に『植民地帝国人物叢台湾編』の購入を行うとともに、嘉南灌漑システムと八田與一研究に不可欠な当時の新聞、特に『台湾日日新報』のオンライン版の購入によって、研究をさらに進める予定である。
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