研究課題/領域番号 |
18K04402
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研究機関 | 木更津工業高等専門学校 |
研究代表者 |
武長 玄次郎 木更津工業高等専門学校, 人文学系, 准教授 (00322991)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 技術者の人的交流 |
研究実績の概要 |
八田與一や嘉南灌漑システムについて、2020年度は社会情勢のため予定していた研究計画や学会発表の多くを行うことが出来なかった。しかし2020年11月にオンラインで行った日本技術史教育学会全国大会の研究発表講演会において「八田與一とジェル・ジャスティン」の発表を行い、八田と同時代におけるアメリカの著名な水利技術者として知られる人物の実際の業績や八田との関わりについて、多くの新しい知見を披露することができた。また、2021年3月にはやはりオンラインで実施された日本技術史教育学会関西支部大会において行った「大谷光瑞と台湾・嘉南大しゅう」を発表した。この中で、八田も信仰した浄土真宗の頂点に立っており、西域研究にも大きな足跡を残した大谷光瑞の台湾との関係について、八田與一との対話と交流や嘉南地域での礼拝所の建設など、現在ではあまり知られていない面を紹介した。 八田與一は現在、台湾人への奉仕者と台湾経済への貢献者としての面のみが知られているが、活動当時に八田が書いたものは必ずしもそうではなく、台湾を中国と同一してどちらも日本よりも低く見ようとする傾向を示すものが多くあった。戦争に関しても、日本の行動を支持するものが目立つ。ただし優れた技術者としての洞察からか、八田の意見は単純なものではなく、日本の針路に疑問を示し日本をひたすら誇る当時の風潮に疑問を示すものも少なからずあった。こうしたことについて、すでに台湾で集めた史料から知ることができた。また、台湾総督府臨時情報部部報における八田による海南島記事の分析から、八田が活動した台湾社会および台湾総督府の活動実態を深く知り、八田の多様な活動について知見を深めることが出来た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
社会状況の変化により、予定していた台湾訪問が不可能となり、現地での文献収集や台湾人へのアンケート、学生を短期雇用しての史資料のデータ化も不可能になるなど、多くの活動が妨げられたことは研究上大きな痛手となった。多くの学会発表が出来なくなったことも予定外のことであった。 ただ、その一方で多くの台湾史関連の文献を揃えることができ、八田與一の活動や嘉南灌漑システムの背景となる当時の台湾社会や日本社会について考察を深めることができた。また、研究課題において重要なテーマである灌漑システムに関わった人々の情報収集と分析、人的交流について一定の知見を得ることができた。八田與一と少なからぬ関わりのあったアメリカの著名な水利技術者ジェル・ジャスティンについて多くの史料を集めたことは、大きな収穫であった。ジェル・ジャスティンについての日本技術史教育学会での発表は少なからぬ注目を集めることができた。八田與一の信仰していた浄土真宗についての分析も進めることができた。浄土真宗ばかりでなく様々な分野に巨大な足跡を残した大谷光瑞と八田との関わりについても、同時代の文献から見つけることができた。
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今後の研究の推進方策 |
嘉南灌漑システムは、八田與一を中心とする多くの人々が関わっていた。八田與一は確かに優れた技量を持つ水利技術者でありシステム建設の中心人物であったが、八田ばかりが注目され過ぎている現在の状況は恐らく事業の実態を反映しているとは言えず、改善の余地がある。 八田與一は当時の文献から、必ずしも台湾人の味方とばかりは言えない。ジェル・ジャスティンは、実際の姿についてほとんど証拠を占めることなく「アメリカ人でダム建設の権威者」とされ、八田がその人物と知識と技量で立ち向かい打ち勝った、とのみ記述される傾向があることも公平な見方とは言えない。 嘉南灌漑システムの本来の責任者である管理者の枝徳二については、八田の伝記など嘉南灌漑システムに関係する文献において、ほとんど言及されていない。現在調査中の枝関連の文献からは、多くの建設資金を削られた際に多くの労働者を解雇せずに済ましたという、八田の顕彰材料として言及されるエピソードが枝を含めた事業幹部全体の決定だったことがわかる。また、枝関連の史料から早い段階で嘉南の住民は灌漑システムに対し、金銭的負担を課せられたといったような、否定的な見方が普及していたことを指摘することができる。 また、八田は嘉南灌漑システムの功績が非常に目立つ一方で、それ以外の台湾における主要な水利事業の建設にも関わったとよく言われる。当時の文献から見ると、八田が関わったと言われる事業には、はっきりした証拠がないものが多い。 こうした、現在普及している八田や嘉南灌漑システムに関する説について様々な点から見直しを行い、より真実に近い姿を描きたいと思う。
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次年度使用額が生じた理由 |
社会的情勢のために予定していた調査や史資料の保存等の計画を行うことが出来なくなり、さらに学会発表の多くを行うことが出来ず、計画した研究に遅れが生じ計画の変更を余儀なくされた。そのため、研究期間の1年延長を申請し残された研究費を翌年に持ち越すとともに、研究上非常に有益な史料を新しく入手することにした。それがこの台湾日日新報のデジタル版であり、当時の台湾において最大発行部数を誇る日本語新聞であった。総督府との関わりも強いが有能な記者を多数擁して取材力にも定評があり、日本植民地時代の台湾を知る上で不可欠と言える文献である。八田與一や関係者、嘉南灌漑システムについての記事も多く、この史料を入手することで、研究が著しく進めやすくなると考える。
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