研究課題/領域番号 |
18K04485
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研究機関 | 東京都立大学 |
研究代表者 |
吉川 徹 東京都立大学, 都市環境科学研究科, 教授 (90211656)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 期待利用者数 / 離散選択モデル / 地域施設 / 公共施設 / 最適施設配置 / アクセシビリティ / ロジットモデル / 多摩ニュータウン |
研究実績の概要 |
既存建築ストックの活用と地域公共施設の再配置は,我が国にとって喫緊の課題である.この課題の解決には立地条件を考慮した地域公共建築物の価値の簡便な評価手法が必要とされるのに対して,立地を詳細に組み込んだ評価手法の研究は少ない.そこで研究代表者は2015年度より,コミュニティセンター等の利用率が距離減衰する施設に着目し,理論的,実証的分析を行ってきた.この成果に立脚して,本申請課題は,立地に偏りのある施設ストックの立地価値を,利用率が利用距離などによって減衰する希望者利用型の需要を前提として定量的に評価する手法の開発を目指している.このため,平均利用距離,消費者余剰,期待利用者数という3種類の指標を対象として,社会的意義と,得られる地域施設再編成計画の特性を明らかにすることを目的とする. 本年度は,この目的に向け,下記の研究を行った.第一に,昨年度から開始した,上記の社会的背景に述べた問題が顕在化している,首都圏郊外の計画開発住宅地である多摩ニュータウンの最初期開発地である諏訪・永山地区において,少子高齢化の進展によって余剰が顕在化した小学校の校舎に,高齢化とライフスタイルの多様化によってその社会的意義が再定義されつつあるコミュニティセンターを設置することを想定したシミュレーションを深化させた.具体的には,第一に,消費者余剰,期待利用者数について,利用しない住民が存在することを前提とした公平性の指標について,前年度に導入を理論的に検討したジニ係数について,対象地域において計算を行った.その結果として,消費者余剰に比較して期待利用者数の方がより公平性が高いことが示唆された.第二に,最適施設配置に活用可能である,利用率が利用距離によって減衰することを前提とした立地ポテンシャルを定式化し,ネットワーク上の既往の中心性指標である地利値や媒介中心性と比較し,その性質を明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実際の対象地域への適用については,昨年度に構築した,簡易に計算が可能なシステムを用いて,公平性についても指標間の比較が可能になった. 残念ながら,コロナ禍の影響を受けて,予定していた国内および海外の学会がキャンセルされたことから,討論の機会を得ることはできなかった.このため,前年度の学会発表における討論において指摘された,境界条件の処理に留意すべきであるとの指摘,実際の例について深化した分析を行うべきであるという指摘を踏まえて,理論的及び実証的な検討を進めた.この結果から,公平性については,ジニ係数を導入することによって集計値としての比較が可能であり,実際の対象地域での計算結果は,概ね理論的な検討結果と整合性を持っていることが確認できた.その一方で,集計値としての比較だけでは,具体的にどの地点が有利になり,どの地点が不利になるのかという,地域公共施設の配置計画を考える上では非常に重要な観点からの分析が不可能であることも明らかになった.これを踏まえて,即地的比較が可能になるように計算システムの高度化を実現した.これにより,境界条件の処理に関する指摘についても,実際の対象地域における撤去順序が決定されるプロセスをより明確に可視化できるようになったので,境界条件と施設の密集状態が複合的に影響を及ぼしていることが把握できた. さらに,利用率が利用距離によって減衰することを前提とした立地ポテンシャルを定式化し,ネットワーク上の既往の中心性指標である地利値や媒介中心性と比較したところ,絶対値には立地ポテンシャルと既往の中心性指標との間には大きな違いがあるが,相対的な大小関係はよく一致することが明らかになった.この立地ポテンシャルは,本研究課題で検討してきた期待利用者数と共通の性質を持った指標であることから,期待利用者数の指標としての汎用性を確認できた.
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今後の研究の推進方策 |
今後は,これまで明らかになった新たな可能性について引き続き検討することによって,研究成果のまとめを行う. このために「消費者余剰」と「期待利用者数」の社会的意義を明確化するため,従来の立地ポテンシャルと本研究課題の評価指標との違いと類似性について明らかになっていることを意識しつつ,公平性について,即地的により深く考察する.研究代表者による既往研究においては,消費者余剰に比べて期待利用者数の方が,公平性が高い最適施設配置をもたらす可能性があることを指摘し,さらに実際の対象地域への適用でもその傾向が確かめられた.しかしこれは集計値によるものであり,即地的比較のためにはさらなる検討が必要である.このためには,消費者余剰に関する最適施設配置が期待利用者数の観点からはどう評価できるのか,その逆の場合はどうかについて,即地的な分析を行う基礎となる理論的検討が必要になる.この際には,「消費者余剰」と「期待利用者数」の,利用距離に対する関数形の違いが,パラメーターの値ごとにどのように異なるのかを把握し,それを場合分けして整理することが必要になると予想される.従って,本年度は,まずこの作業を精緻に行う予定である.この検討にあたっては,既往研究の中でも,locational surplus(移動費用が変化した時の消費者余剰の変化),Revelleのmaximum capture problem(競合他社がすでに出店している地域を想定し,新たに参入する企業が,自社の獲得需要量を最大化するように店舗の配置場所を決定する問題)など本研究に関連する理論に注目する.それらが同定している関数形は,本研究が使用を想定しているロジットモデルに基づく関数形と共通性を持っているが,距離の組み込み方など異なる点もあると考えられることから,その異なる点に留意しつつ,比較することを想定している.
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は,実際の対象地域において大規模なシミュレーションを行うことと,最終年度であることを踏まえて学会発表,論文発表などを行うことを想定していたため,人件費及び旅費,学会参加費,論文発表関係経費を多く見積もっていた.しかし,感染症まん延の影響を受けて,臨時職員の雇用が極めて困難な状況に陥り,旅費,学会参加費用がほとんど執行できず,さらに立地ポテンシャルに関する論文の執筆と審査に予想以上の時間を要することになった.この状況を踏まえて,本年度は,シミュレーションのための簡易なシステムを深化させることで当面の臨時職員雇用の必要性を回避したこと,予想に比べて理論的検討の方に重きを置いた研究遂行となったこと,加えて他研究費で導入していたデータを本研究課題でも使用することが可能になったことなどから,執行額は予定を下回った.次年度においては,理論的分析に加えてより大規模なシミュレーションを含む実証的分析を,臨時職員雇用の目処が立ったことを踏まえて実行し,さらにその成果について,現今の国際交流が困難な状況を踏まえつつも最適な研究発信を目指して,英語でも発表する方策を検討する.このことから,人件費,英語で発表するための諸経費,シミュレーションのための各種機材や追加データ等導入,さらに研究成果のまとめに関する諸費用に研究費を使用する予定である.
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