研究課題/領域番号 |
18K04536
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
足立 裕司 神戸大学, 工学研究科, 名誉教授 (60116184)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | アーツ・アンド・クラフツ運動 / 装飾芸術 / 日本近代建築史 / 武田五一 / 装飾論 / 色彩論 / F.L.ライト / F.L.ライトの初期制作論 |
研究実績の概要 |
本研究は19世紀のイギリスで興ったアーツ&クラフツ運動に至る建築・工芸運動の日本への影響関係を考察しようとするものである。従来、西欧と日本の建築思潮の比較は形態上の比較が優先し、その背景となる思想に関する影響関係については20世紀以降のモダニズムの形成過程まで等閑視されてきたと考えられる。日本の近代建築史では、モダニズムの潮流に先駆けて英国で興ったゴシック・リヴァイヴァル運動やその延長上に位置するアーツ&クラフツ運動の影響について言及されることは何故かほとんどなかったといえる。 本研究では、これまでの研究成果を継承しながら、明治後期以降の建築界の思潮を形成するに至った過程をより深く検討していくことを目的としている。本研究は研究1:東京帝国大学の初期卒業生の思想の解明、研究2:日本の近代建築の思考と概念の特徴、研究3: 様式論争で用いられた論理と概念の分析、研究4:後世の建築論との比較検討、という4つのテーマから上記のアーツ&クラフツ運動の日本への影響を明らかにすることを目的としている。 これまでの研究で研究テーマの1から3についてはその理念的な側面や思潮としての理解を深化させることができたと考えるが、本年度はこれまで作品上ではアメリカのアーツ&クラフツ運動の影響下にあったとされてきたF.L.ライトについて、初期制作論である“In the cause of architecture”の再考により、ライトの日本での紹介者であり同時代の建築家であった武田五一の制作論との共通性と両者の共通基盤としてのアーツ&クラフツ運動の影響を確認することができた。 上記の通り建築作品に到達するための制作の理論について本年度も研究を進め、アーツ&クラフツ運動の中心課題であった装飾の役割や色彩論についても検討を行い、やがて否定されていく装飾についての世代間の相違についても具体的な知見が得られたと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の目標としてしてきた近代日本の建築家の設計法について、武田五一の制作論を中心に研究を行ってきたが、これまでに彼の形式理論の把握ともう一つの意匠論としての装飾論、さらに形式理論の一端として位置付けられていた色彩論について検討することができ、これまで建築論のなかでは看過されてきた装飾芸術の基礎理論について考察することができたと考える。研究2の「日本の近代建築の思考と概念の特徴」と研究3の「様式論争で用いられた論理と概念の分析」および、研究4の「後世の建築論との比較検討」については武田五一以降の建築世代が傾倒したアメリカのF.L.ライトの初期制作論ついて検討することにより、武田五一とライトの制作論において共通する基盤としてイギリスのアーツ&クラフツ運動の影響が認められることを確認することができた。 本研究を全体としてまとめる作業を進めることはできなかったが、個別の課題には対応することができたので、次年度に向けて総合化していくことが可能になったと考える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの作業で進めてきた研究目標のうち、研究1から研究4までの各項目については相応の考察ができたことから、当時の建築家たちが常識的に捉えていた建築の制作理論において、具体的には設計法や建築様式の把握のための基礎理論において、アーツ&クラフツ運動の理論が基礎をなしていることを確認することができた。これらの知見を踏まえ、大正期にかけて装飾芸術として捉えられていた分野が建築の領域から分離されていき、やがて装飾論、色彩論といった建築意匠に関する基礎理論が若い建築世代において看過されていく過程とその要因についても解明できると思われる。 以上、本研究の目的であった個別的、基礎的な知見は得ることができたと考えられることから、今後はそれらの成果を踏まえて、海外から受容されながら看過されてきた建築制作における装飾理論の果たした役割と、我が国における建築の制作論の形成過程とその変遷について明らかにし、本研究成果の総合化を図っていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ禍により国内外共に現地調査および資料収集、情報交換、研究発表、国内調査、消耗費発注等が難しくなり、予定していた予算が執行できなくなったため次年度使用が生じた。 今後の予定としては、装飾論の具体的事例についての国内調査、本年度前半は国内で入手できている海外資料について検討、後半は海外での調査と資料収集が可能になったので、実施に移したいと考えている。研究の総合化のための資料整理用を行いつつ、海外調査ができなくなることも考慮し、国内で入手しうる内外の資料・文献の確保に努め、可能な範囲での資料を基に考察を深化させていく予定である。
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