本研究は19世紀にイギリスで興ったアーツ&クラフツ運動に至る建築・工芸運動の日本への影響関係を考察しようとするものである。従来、西欧と日本の建築思潮の比較は形態上の比較が優先し、その背景となる思想に関する影響関係については20世紀以降のモダニズムの形成過程まで等閑視されてきたと考えられる。日本の近代建築史では、モダニズムの潮流に先駆けて英国で興ったゴシック・リヴァイヴァル運動やその延長上に位置するアーツ&クラフツ運動の影響について言及されることは何故かほとんどなかったといえる。 本研究では、これまでの研究成果を継承しながら、明治後期以降の建築界の思潮を形成するに至った過程について再検討を行った。 本研究は、研究1:東京帝国大学の初期卒業生の思想の解明、研究2:日本の近代建築の思考と概念の特徴、研究3: 様式論争で用いられた論理と概念の分析、研究4:後世の建築論との比較検討、という4つのテーマから上記のアーツ&クラフツ運動の日本への影響を検討してきたが、本年度はその総括として研究の集約を行った。 その他、新たな研究成果としては、これまで作品上ではアメリカのアーツ&クラフツ運動の影響下にあるとされてきたF.L.ライトの作品について、旧山邑家住宅の調査を踏まえて、これまで十分ではなかった敷地と建物との関係性を明らかにした。具体的には、すでに取り壊されていたために見過ごされてきた付属建物の確認を行い、ライトが構想が敷地全体を踏まえたものであり、自然との調和を重視した計画であることを解明できたことで、旧山邑家住宅がライトの理念が強く反映した作品であることを指摘することができた。 以上の研究を通じ、アーツ&クラフツ運動の中心課題との比較検討を行い、建築作品に到達するための制作理念がどのような形で日本に理解され、吸収されてきたのかについて知見が得られたと考える。
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