研究課題/領域番号 |
18K04677
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
藤田 伸尚 東北大学, 多元物質科学研究所, 講師 (70431468)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 近似結晶 / 準結晶 / 構造安定性 / 合金状態図 / 結晶構造解析 / 構造形成マップ / 価電子濃度則 / 軌道混成効果 |
研究実績の概要 |
Al-Pd-TM(TM=遷移金属)系における複雑合金結晶の相形成挙動について、TM元素の置換効果に着目した実験的調査を前年度から継続して行った。(1) Ru→Crの置換に対しては、これらの化合物はCrを1~3at.%程度まで固溶したが、同時に融点の低下と格子膨張を観察した。格子膨張はCrがRuよりも小さな原子半径をもつことと矛盾するため、Crを1%程度固溶した3/2近似結晶に対する単結晶X線構造解析を行うことで構造を詳細に検討した。その結果、固溶したCr原子がAlの正20面体配置を部分的に占有したことによる配置乱れが格子膨張と関係している可能性が示唆された。また、Cr置換量をさらに増やすと3/2近似結晶は準結晶に転移した。(2) Ru→Feの置換に対しては、融点の低下と格子収縮が観察された。原子半径の小さなFeがRuサイトを占有することで原子配置を保持したまま格子が収縮したと考えられる。Fe置換量が2-3at.%程度まで3/2近似結晶が保持され、より高Fe濃度においては1/1近似結晶に転移した。(3) Mn→Feの置換に対しては融点の上昇と格子収縮を観察し、準結晶→3/2近似結晶→1/1近似結晶への転移を観察した。 上記に加えて、関連する複雑合金結晶の相形成挙動を物理的に体系づけるために、各相の形成組成域をTM元素種によらない普遍パラメタを座標軸とする「相形成マップ」上に表すことを試みた。本年度は、既存のAl-Pd-TM系状態図から各相の相形成組成域を平均価電子濃度<e/a>を第一軸とするパラメタ空間に投影し、相形成マップを作成した。その結果、異なるTM元素種に対する普遍的な挙動を示すことができた。次のステップでは、これらの複雑合金結晶の相形成におけるHume-Rothery機構とsp-d軌道混成効果の役割を明確化するために相形成マップをさらに精密化する必要がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
複雑合金結晶の相安定性は、遍歴的な価電子の濃度(Hume-Rothery機構による安定化)やsp-d軌道混成効果、幾何学的な原子充填効率、熱揺らぎ等、多くの寄与が相まって実現するものである。本研究課題では当初、Al-Pd-TM系においてTM元素種の部分置換により上記の様々な効果のバランスを変化させ、新規の複雑合金結晶の形成を見出すことを期待した。本年度に見出したAl-Pd-Mn-Fe系3/2近似結晶はこの意味での新規相といえるが、我々がこれまでAl-Pd-Cr-Fe系、Al-Pd-Mo-Fe系、Al-Pd-Ru系において見出してきた3/2近似結晶と同型構造であり、構造としての新規性はない。しかし、同じ3/2近似結晶がAl-Pd-TM系正20面体準結晶の組成域に隣接して普遍的に形成し、TM元素の部分置換により準結晶や低次の近似結晶に転移することが示された点は重要である。これらの構造転移を詳細に調べることで、正20面体準結晶の「成り立ち」を解明する鍵が得られるからである。以上の観点から、本年度にTM元素の部分置換による構造変化や相転移に関する新しい実験的知見が得られた点は満足できる。同時に、3種類の近似結晶の単結晶X線回折データを取得し、構造解析の結果を論文化する見込みも出てきた点も評価できる。 さらに、これらの相形成挙動を統一的に理解するための「相形成マップ」についても進展が得られ、いくつかの課題も見えてきた。 本年度に出版した本研究課題への謝辞を含む関連論文は1報である。また、昨年度から本研究課題の一環として調査研究を始めたCd-Mg-RE系複雑合金結晶について、近似結晶の結晶構造解析に関する論文の準備を進め、近々投稿できる段階に来た。
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今後の研究の推進方策 |
Al-Pd-Mn-Fe系3/2近似結晶の単結晶育成と単結晶X線回折による構造解析を行う。 相形成マップの精密化を進める。特に、本年度から採用した水谷-佐藤(2017)による元素のe/a値について、その導出課程に対する疑問点を検証するために、WIEN2kコードを用いたe/a値の再評価を行う。また、sp-d 軌道混成効果の強さを表す何らかの指標を相形成マップの第二軸として採用し、複雑合金結晶の相形成挙動におけるHume-Rothery機構およびsp-d 軌道混成効果の役割分担を明らかにする。後者の指標として、遍歴的な平均価電子濃度<e/a>に対して相補的な遷移金属原子のd軌道の空席率を検討する。 以上により作成した形成マップを用いて、本研究課題で実験的に得られた相形成挙動の知見を整理し、元素の部分置換により生じた構造転移の物理的背景を詳細に議論する。 また、最終年度にあたって、これまでに進めてきた相形成挙動の調査や構造解析の結果をまとめた論文を執筆する。
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次年度使用額が生じた理由 |
感染症流行の影響により出張が軒並みキャンセルされたことにより旅費がかからなかった。一方で、試料作製に用いるPd純金属の値段が高騰し、従来の倍近くの購入価格となったが、差し引きで45万円程度の未使用額が生じた。未使用額については最終年度に持ち越し、論文投稿料や実験を加速するための消耗品類に使用することを見込んでいる。
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