有用物質生産を目的とした微生物の代謝工学において,代謝経路の律速反応を同定してフラックスを強化することが重要な課題である.それぞれの酵素の最大反応速度 (Vmax) は,律速反応を同定する手がかりとなるが,複数の酵素反応のVmaxを一度に測定することは困難であった.本研究では,細胞の粗酵素液を利用して試験管内で代謝経路を駆動し,実測した中間代謝物濃度の時系列データと反応速度論モデルから対象経路中の複数酵素のVmaxをハイスループットに推定する手法を開発した.これまでに,大腸菌の解糖系を対象として,実測した中間代謝物濃度の時系列を説明するVmaxの推定を行った. 本年度は,Vmaxの推定値の妥当性を議論するため,広域最適化によって得られた複数解から推定範囲を評価する方法を実装した.また,推定したVmaxから各反応が経路全体のフラックスに及ぼす影響を評価するため,代謝制御解析を実施して最もフラックス制御係数が大きい酵素反応を律速反応として同定した.粗酵素液を利用した試験管内の反応系において,この精製酵素を添加することで解糖系のフラックスが向上したことを確認した. 本手法の応用として,目的化合物であるフェノールが大腸菌の中枢代謝経路に及ぼす影響を調査した.フェノールの添加濃度に応じて著しい細胞増殖の低下がみられ,代謝経路の一部が阻害されたことが示唆された.フラックス分布の情報から経路分岐点に関する律速反応を絞り込み,試験管内実験よりTCA回路のクエン酸シンターゼ活性がフェノールによって低下することを明らかにした.また,解糖系酵素についてフェノール存在下と非存在下においてVmaxを推定し,フェノールの有無によってVmaxが変化しないことを明らかにした.代謝フラックス解析と本手法を組み合わせることで,経路全体における律速反応を同定し,目的物質生産の向上に有効な知見を得られることを示した.
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