本研究課題では、ナノスケール構造体中を輸送する電子が持つ軌道角運動量を利用した原子層状物質におけるバレー偏極制御についての研究を目的とした。最終年度において、本研究課題において、これまで開発した2つの電子輸送特性計算アルゴリズムを機軸として、新たな大規模、高速、高精度な第一原理電子輸送特性シミュレーターの実装と適用研究を行った。 一般に、電子輸送特性シミュレーションにおける計算コストは、システムサイズの3乗に比例する。これに対し、本研究課題で開発したアルゴリズムを用いることで、輸送方向のサイズ、および輸送方向に垂直な断面サイズに対して、それぞれ計算コストの増加を線形オーダーに抑えることが可能となった。本研究課題で目指す、電流経路によるバレー偏極の生成、制御のためには、長距離、大規模な電子輸送シミュレーションが必要不可欠であり、これらのアルゴリズムの開発によって、十分なシステムサイズにおけるシミュレーションが実現可能となった。 開発アルゴリズムを統合したシミュレーターの適用研究として、原子層状物質であるグラフェンやh-BN構造を対象として、化学構造による電子輸送経路の制御を行い、輸送電子における軌道角運動量の変化について解析を行った。h-BNシート中に炭素原子鎖による電子輸送経路を2本作製し、外部電場やアドアトムなどによるポテンシャル差によってK点とK’点近傍における軌道磁気モーメントの制御試みた。これにより、空間的に局在し、かつ電化やスピンの偏極の大きさを変化させることを可能としたが、十分なバレー偏極を生成するには至らなかった。今後、輸送経路の湾曲の大きさや配置の組み合わせを変えるなどにより、さらに大きなバレー偏極生成試みるが、候補構造が膨大であるため、機械学習的推定法の構築を検討している。
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