本研究の目的は、高次元テンソル実験分光データの統計的記述に基づき、物理的に意味のあるスペクトル情報を抽出することである。当初は走査透過電子顕微鏡に付随する電子分光を対象にすることを予定していたが、対象とする電子線エネルギー損失分光器が実験環境の変化により使用困難となった。このため、他の有望な対象として,中性子散乱データにおいて統計的な情報抽出法の開発を進めた。この情報抽出法はプローブ線源の種類にかかわらず、広く高次元の分光実験データに対して含まれる有用な情報を抽出する手法である。 中性子非弾性散乱実験では、逆空間座標およびエネルギーの4次元の空間上で散乱中性子カウントが得られる。個々の散乱中性子の発生事象を個別に記録するイベントデータがJ-PARCなどのパルス中性子を用いた大型中性子実験施設では採用されている。このようなイベントデータを4次元空間の任意の領域上で可視化する方法としてヒストグラムがあり、そのビン幅をポアソン統計に基づいて最適化する手法が近年提案された。しかし、中性子非弾性散乱の模擬データでのみテストされており、実験データには適用されていない。また、得られている実験データでの結果からより高強度(低強度)の実験データでの最適ビン幅を予測する方法も、過去に一次元データにおいて提案されているが、中性子非弾性散乱データでは検討されてこなかった。J-PARCでの中性子非弾性散乱実験データを対象に、ビン幅最適化および強度の異なる場合のビン幅最適値の予測を行う手法を開発した。 開発した手法は、系統的に強度の異なる実データにおいて、個々のビン幅最適値と予測値はよく対応しており、例えば、より長時間の測定における最適ビン幅の予測が開発手法により期待された。模擬データを用いて、解の一意性を検討し、初期入力に用いるヒストグラムのビン幅分程度に解が収束していることが示された。
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