研究課題/領域番号 |
18K04888
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研究機関 | 和歌山大学 |
研究代表者 |
門 晋平 和歌山大学, システム工学部, 助教 (10423253)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中空銀ナノシェル / 局在表面プラズモン共鳴 / 反応速度論 / 表面拡散 / 表面張力 |
研究実績の概要 |
研究代表者ら独自の方法(チオシアン酸銀の水素化ホウ素ナトリウムによる還元)を用いて中空銀ナノシェルを合成し、ナノシェルの生成から構造変化までの一連の消光スペクトルの時間変化を調べた。中空銀ナノシェルが示す局在表面プラズモン共鳴(LSPR)由来の消光ピークの時間変化の速度論的解析を行った。生成過程はFinke-Watzky二段階モデルで説明することができ、一方、構造変化の過程は連続する二段階の一次反応を仮定したモデルでうまく説明することができた。各過程の実験データに対して非線形回帰を行うことで反応速度定数を決定した。 中空銀ナノシェルの合成条件(温度と前駆体原料のチオシアン酸イオン濃度)が速度定数に及ぼす影響を調べた。速度定数の温度依存性が認められ、アレニウス・プロットにより活性化エネルギーを見積もった。一方、チオシアン酸イオン濃度を変えて速度定数を調べたところ、速度定数のチオシアン酸イオン濃度依存性が認められた。このことから還元条件(つまりナノシェル生成条件)がナノシェルの構造に影響を及ぼすことが示唆された。これに関連して、還元剤の影響を調べるために、水素化ホウ素ナトリウムの代わりにアルコルビン酸を用いて反応を行った。その結果、中空ナノシェルではなく、複数の突起を有するデンドライト状(樹枝状)の銀ナノ粒子が生成することを見出した。このことについて反応条件とLSPR特性・粒子形状の関係を調べた。その結果、反応条件によって異なる形状異方性をもつナノ粒子が生成し、それによりLSPR波長が劇的にシフトすることが確認された。 実験と並行して、計算機による離散双極子近似シミュレーションを行って上述の消光スペクトルの再現を試みた。粒子構造変化の過程を推定するために、計算モデルを変えてシミュレーションを行い、実験で観測されたスペクトル変化に近い結果を与えるモデルを探索した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
中空銀ナノシェルの粒子構造変化反応の速度論的解析を行うために必要な消光スペクトル測定の実験系と解析の方法が確立できた。同時にナノシェルの生成過程の速度論も調べることができた。この方法に基づいて、上述のとおり、反応速度定数の決定と活性化エネルギーの算出まで行うことが可能となった。これにより、本研究課題の遂行に必要な方法論の確立が達成できたといえる。また、ナノシェル合成の反応条件が速度定数に影響を及ぼすことを明らかにした。この結果により、粒子構造変化に影響を及ぼす因子を調べられることが実証された。よって、引き続き、反応条件を変えて、速度論に及ぼす影響を詳細に調べることにより、粒子構造変化の駆動力や抑制因子を明らかにすることができると見込まれる。 計算については、実験で観測された消光スペクトルのシミュレーションは当初の想定どおりに行うことができ、ナノシェルの構造変化を推定する有用な手法であることが確認できた。より改良された計算モデルを用いてシミュレーションを行うことで推定の精度の向上が見込まれる。一方で、表面原子拡散のシミュレーション系の構築には着手できなかった。この原因のひとつは計算機の不具合によるものであり、次年度に最優先に手当てをして、改善したいと考える。 以上のような状況から、概ね計画どおりに研究を行うことができたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
中空銀ナノシェルの構造変化を調べる方法論が確立できた。これに基づいて、構造変化に影響を及ぼす物理化学的因子をさらに系統的に調べる。チオシアン酸イオンの結果を踏まえて、特に銀と相互作用すると予想される配位子やイオンに焦点を当て、これらを反応系に添加することにより、反応速度定数に及ぼす影響を調べる。これにより構造変化を抑制または促進する因子を明らかにするとともに、粒子の表面原子の移動が構造変化を駆動しているとの仮説の妥当性を検証する。 計算機シミュレーションを引き続き行うことにより、ナノシェルの構造変化の過程を再現することを試み、消光スペクトル変化の由来と考えられるナノ構造変化を明確化する。加えて、ナノ構造変化の原因と考えられるナノ粒子の表面銀原子の拡散のシミュレーションを試みる。原子レベルの拡散現象とナノメートルスケールでの粒子構造変化とを関連づけることを目的として、計算系を確立させる。また、ナノシェルの構造変化の過程をcurvature-induced surface diffusion機構に基づいて解釈し、理論的な裏付けが得られるのかを検討する。 デンドライト状銀ナノ粒子の生成については、当初の想定外の結果であったが、形状異方性をもつ銀ナノ粒子を与える新奇な反応といえる。本研究課題の粒子構造変化の観点から見ても、興味深い銀ナノ粒子である。特に、デンドライト状の突起構造の時間変化を明らかにすることができれば、それはナノスケールでの粒子構造変化の一種とみなせると思われる。このため、並行してデンドライト状銀ナノ粒子の生成条件を調べるとともに、生成および粒子構造変化の過程を明らかにすることを試みる。
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