研究課題/領域番号 |
18K04898
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
雨倉 宏 国立研究開発法人物質・材料研究機構, エネルギー・環境材料研究拠点, 主席研究員 (00354358)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 高速重イオン / ナノ粒子 / 照射誘起楕円化 / イオンビーム / イオンシェーピング / C60イオン |
研究実績の概要 |
2018年度は、豪州国立大の超高感度小角散乱測定とヘルシンキ大の二温度分子動力学法の協力の下、高速重イオンの種類とエネルギーを変えSiO2中に形成されるコア・シェル型トラックとナノ粒子の楕円化の関係に対して新知見を得たのは昨年度の報告書に記載した通りである。2019年度は高速重イオンではなく、研究協力者のQST高崎研が開発した数MeVのC60イオンの大電流イオン源を用いてナノ粒子の楕円化について調べた。計算によれば、6 MeVのC60イオンビームは200 MeV Xeイオン(高速重イオン)とほぼ同じ電子的エネルギー付与を与えることができるため、ナノ粒子の楕円化が期待される。しかし、イオン速度やイオン飛程などが極端に異なることから楕円化は必ずしも自明ではなかった。さらに、楕円化は比較的大きな照射量を必要とするため、従来のC60イオン源では実験は不可能で、高崎研の大電流イオン源を用いて初めて可能となった。我々は世界的に初めて4 MeVのC60イオンを高線量まで照射することにより、金及び亜鉛のナノ粒子が楕円化することを明らかにした。ただし、高速重イオン照射に比べて非常に大きなスパッタリングによりSiO2媒質が失われることも観測した。この点は応用を制限するため、スパッタリングがあまり顕著ではなく、しかしナノ粒子の楕円化が起こる媒質の探索も最近始めたところである。C60イオン照射は単に高速重イオン照射と同じ効果をより低エネルギーで実現するということだけではなく、高速重イオンでの常識を塗り替えるような挙動も観測されつつあり、意外な鉱脈を発見した可能性があると思っている。 高速重イオンで照射しても非晶質化しない材料であるCaF2を媒質に用いた金属ナノ粒子の楕円化の有無については、その予備実験の段階で我々の予想に反する結果が得られ、いろいろ新しいことばかりで非常に嬉しい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今回、我々は従来の高速重イオン(100 MeV級)より2桁低い数MeVのC60イオン照射でも金属ナノ粒子が楕円化することを世界で初めて確認し、Scientific Reports誌に論文が掲載された。2018年度の高速重イオン照射下でのコア・シェルイオントラックと金属ナノ粒子の楕円化の関係を明らかにした成果と合わせて、本提案の目標のうち、約2/3が達成されたと考える。 また当初、数MeVのC60イオン照射は高速重イオン照射効果を低エネルギーで実現する単なる代替物と考えていたが、実験を行ってみると、高速重イオンとはだいぶ異なる面も明らかになりつつある。高効率なスパッタリングは先行研究があるが、非常に低エネルギーでも媒質中にイオントラックを形成する点はあまり認識されていないため、この点についてはさらに詳しく調べていく。 CaF2など高速重イオン照射により非晶質しにくい材料中でのナノ粒子ロッド化現象の有無の確認については、2018年度は低エネルギーイオン照射法でAgナノ粒子を内部に形成した後、高速重イオン照射を行い、ナノ粒子ロッド化よると思われる偏光光吸収の異方性を観測した。しかし、現在の方法ではAgナノ粒子のすぐそばにあるCaF2までが本当に非晶質化していないと断言できないと指摘を受け、2019年度は別のナノ粒子形成法を試みた。SiO2基板上に金の超薄膜を形成し、熱処理でナノ粒子化した後にCaF2膜をスパッタリング蒸着法で堆積する方法である。しかしこの方法で形成した薄膜は薄いのにも関わらず明瞭な紫色を呈示し、質が良くないことが分かった。現在、別の系を検討中である。 以上のように、当初提案したうちの2/3の成果が達成され、予想しなかった新挙動も観測されているが、最後の課題が難航している点などを勘案し、状況は「(2)おおむね順調に進展している」を選択した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでナノ粒子の楕円化は非晶質媒質中での報告のみであった。過去に、結晶中にナノ粒子を形成し、高速重イオン照射した例はあったが、高速重イオン照射によって媒質が非晶質化してしまっている。楕円化は非晶質媒質中でしか起こらないかどうかを明らかにすることは、そのメカニズム解明にとって重要である。この観点から高速重イオン照射しても非晶質化しないことが確立されているCaF2について実験を進めたが、問題が発生していることは上に書いた通りである。明らかになった点は、CaF2は高速重イオン照射に対して非晶質化はしないものの、大量の点欠陥が導入されるようである。この際に導入される欠陥が単なる色中心なのか、Caコロイドなのかは興味がある点であり、研究は継続する。 一方、非晶質化しない点はCaF2ほど確立されていないが、ITOでも非晶質化は起こってないと思われる。さらにこの系はスパタッリング蒸着法でも比較的良質な膜形成が可能なようであり、この系にAuナノ粒子を導入し、楕円化の有無を確認する。 また、C60イオン照射で形成されるイオントラックは高速重イオン照射の常識から言うと異常である。高速重イオン照射ではトラックが形成されないような低い電子的エネルギー付与の値でも、C60イオン照射をするとイオントラックが形成されてしまう。このテーマについては当初の計画に含まれていないが、興味深い結果なので詳しく調べていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度の物品費には高額なCaF2結晶を多数購入する計画で含まれていたが、海外の研究協力者から無料での供給を受けることができたため、余剰が出た。旅費・その他に関してはほぼ計画通りであった。 2020年度の使用計画で考慮しなければならない点は、研究代表者の所属である物材機構では、電子顕微鏡や成膜装置群などの共同使用装置の課金化された点で、従来課金化していたものについては値上げが実施された。予算の繰り越し分の一部はそれらをカバーするために使用されることになるであろう。 またOpen Access論文誌への投稿中の論文が2件ほどあり、合計40万円が使用されることとなる。最終年度である2020年度は予算を少なめに計上しているため、昨年度と同様に研究活動を行えば、余剰分は使用してしまうこととなるであろう。
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