研究課題
本研究で着目するモリブデン酸銅(CuMoO4)は、構造変化に起因する「クロミズム」の性質を有する大変興味深い磁性体である。物性物理学において重要である「温度」、「圧力」、「磁場」、そして「粒径」を加えた四種変数を自在に変化させる斬新な発想と複合環境下における実験方法を運用することにより、新奇クロミズム相である「テトラクロミズム」の磁気異常の観測、さらに新しい概念を構築することを目的としている。本年度(令和元年度)は、初年度(平成30年度)に整備した各種合成装置を用いて良質な粉末試料を合成し、特に、遊星型ボールミル粉砕機を用いて粒径制御を試みた。粒径分布の測定には、X線回折及び学内産学官連携本部に常設されているSEMを用いた。合成した各種粒径の異なる試料の極端条件下での物性測定として、大阪大学大学院理学研究科附属先端強磁場科学研究センターに常設されている非破壊パルス磁場を用いて磁化過程(最大磁場50T、最低温度1.3K)の測定を実施した。その結果、粒径に依存せず、常に飽和磁化の1/3の常磁性的な磁化過程が観測されたが、加えて約20Tの反強磁性二量体に起因する異常が遊星型ボールミル粉砕機の粉砕時間の増加に伴い明確に観測され、同様に磁化の増大も観測された。粉砕時間の増加、即ち粒径が小さくなることにより、これら反強磁性二量体の成分の出現や磁化の増大は、粒径が減少したことによる表皮効果が顕著に現れたことが原因であると考えてられる。さらに興味深いことは、遊星型ボールミル粉砕機を使用したことによる圧力印加よって異なる相の出現が観測された。現在、他の巨視的・微視的測定によって得られた測定結果も考慮して、粒径に依存した定量的な解析を試みている。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、温度や圧力などの外部環境の変化により色が変わるクロミズム効果を有するクロミック物質(材料)であるモリブデン酸銅(CuMoO4)に着目している。クロミズムは構造変化により発現するが、CuMoO4の場合には巨大な体積収縮による結晶粉砕が伴い、物性に多大な影響を及ぼすことが明らかとなっている。このクロミック物質の粒径と磁性の相関の研究を実施するため、外的式加熱(電気炉等)と遊星型ボールミル粉砕機を駆使して、粒径の異なる多種類の粉末試料の合成に成功している。また、本年度までに整備したマイクロ波加熱装置を使用した粉末試料の合成にも成功している。特に、汎用的なマイクロ波加熱装置(周波数2.45GHz、最大出力1000W)を導入することにより、外的式加熱温度に比べて低温かつ短時間の合成条件において母物質CuMoO4の合成を可能にした。粒径の異なる粉末試料の合成においては、外的式加熱によって合成した良質の粉末試料を遊星型ボールミル粉砕機により制御した。その粒径の異なる各種試料の物性測定、特に、極端条件下での各種測定を実施した結果、大変興味深い実験結果が観測されている。現在、他の測定方法の結果も併せて相補的に理解し、定量的な解析を実施している。本研究において、新しい合成法としてマイクロ波加熱の使用し、その特徴である選択加熱を活用した固相反応法により合成を試みている。特に、本年度からは、固相反応法に加えて液相法(ゾル-ゲル法)による粉末試料の合成を試み、前駆体合成段階における加熱法としてマイクロ波加熱を用いた効果の検証を試みている。来年度以降、液相法においてマイクロ波照射時間や出力の変化等が合成された粉末試料の粒径にどのような影響を与えるかを検証する予定である。
令和2年度は、遊星型ボールミル粉砕機を使用して合成した粉末試料を用いて、詳細な構造解析の実験を実施することにより、本粉砕機を使用した合成段階によって印加された巨大な圧力の効果を新しい結晶相として観測、検証する。また、前年度までに実施した固相反応法を継続して、より多種多様の異なる粒径の粉末試料を合成する。特に、マイクロ波加熱を使用した合成法としては、出発物質におけるマイクロ波吸収の強弱による選択加熱の特徴を活かして、より精密な粒径制御を試みる。さらに、液相法の合成段階でのマイクロ波照射による粒径への影響も併せて検証する。この液相法によって合成された良質な粉末試料を用いて、電気炉等の外的加熱により焼成温度や焼成時間を変化させることにより粒径成長を試みる。各種方法で合成した粒径の異なる粉末試料を用いて、複合環境下での実験を実施することにより、「粒径」と「磁性」の相関を明らかにする。また、本研究で注目しているクロミック物質であるモリブデン酸銅に加えて、新たに同様のクロミック物質であるモリブデン酸コバルトにも着目して、併せて各種測定を実施する。
本年度までに設備備品として整備したマイクロ波加熱装置は、温度測定の仕様として熱電対を選択して購入し、現在まで各種合成を実施してきた。しかし、高出力でのマイクロ波照射を行った際に放電現象により固体試料の温度を正確に表示することができないことが判明した。この放電現象を回避するため間接的な温度測定の手段である放射温度計の購入を計画したが、マイクロ波加熱装置に設置する既製の放射温度計が存在しないため、特注での製作を依頼している。本年度末に試作品を受け取り、仕様を確認しているため、令和2年度早期の段階において購入する予定である。
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Physica C
巻: 567 ページ: 1353547-(7)