研究課題/領域番号 |
18K04931
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
前川 雅樹 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 高崎量子応用研究所 先端機能材料研究部, 主幹研究員(定常) (10354945)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 陽電子消滅 / 空孔誘起磁性 / スピン偏極陽電子 / イオンビーム照射 / d0強磁性 / カチオン原子空孔 / 窒化ガリウム / ガドリニウム注入 |
研究実績の概要 |
本研究では、原子空孔と磁性の両方に感度を有する唯一の測定手法であるスピン偏極陽電子消滅法(SP-PAS法)を用い、光励起により原子空孔の荷電状態を変化させると強磁性発現が変化するという空孔誘起磁性におけるカチオン原子空孔説の予測を検証し、積極的な磁性制御への可能性を探る。 SP-PAS法で磁気ドップラー(MDB)スペクトルを測定すると、陽電子消滅サイトに磁性反応がある場合にはMDBスペクトル強度が増大する。化合物半導体では陽電子はカチオン空孔で優先的に消滅するので、カチオン空孔の磁性反応が検出可能である。実際、原子空孔を導入したZnO単結晶やGaN薄膜試料ではSP-PAS測定によりカチオン空孔での磁性反応が検出され、空孔誘起磁性のメカニズムとして従来考えられていたカチオン原子空孔説を裏付けた。光刺激により空孔の荷電状態を変化させれば磁性状態変化が見られると期待されたが、現状では理論計算から期待されるMDB強度が得られておらず、その原因も不明であった。H30年度に行った陽電子ビーム装置改良で計数率10倍化を達成し、強磁性鉄試料(標準試料)の再測定により装置由来の問題でないことを確認した。R1年度に窒素照射GaNの再測定を行ったが、依然としてMDB強度は理論予想よりも弱いものであった。そこで、より強い磁性反応が望めるものとしてGd照射GaN試料を試している。Gdイオン打ち込み深さ領域に強い磁性反応が見られ、さらに焼鈍処理での増加が見られた。これは単独の原子空孔よりも、空孔クラスターを形成することで磁性が強まることを示している。磁性反応はN照射では弱く、Gd照射で顕著なことから、磁性原子と空孔クラスターの相互作用が強磁性化に重要であることがわかった。以上の知見は論文にまとめ、投稿中である。今後、光照射を行って磁性反応を見る予定である。光照射装置はすでに構築済みである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度に行った陽電子ビーム装置の改良により、従来よりも高精度なデータを取得できるようになった。またMDBスペクトルの深さ方向依存性も実用時間で取得可能となった。R1年度には窒素照射GaNの再測定を行ったが、やはり理論予測から期待されるような強い磁性反応は見られなかった。ガリウム空孔には最大3μB分の磁性が発現しうるが、これが何らかの原因(ガリウム空孔が負に帯電し電子スピンが打ち消されている、あるいはガリウム空孔同士の磁気結合が反強磁性的であるなど)によって弱められていると考えられるが、現在のところ不明である。磁性反応の明瞭でない物質に光照射実験を行っても良い結果が期待できないため、より強い磁性反応を示すGd照射GaNを試すこととした。これはGaN結晶成長中のGdドープや、GaNへのGdイオン照射により磁性が発現する物質で、導入したGdイオンの何千倍もの磁化が発現することで注目されている。その原因に原子空孔の磁化があると考えられているが定かではない。そこで我々はGdイオン注入効果を探りつつ、この強い磁性を光刺激実験に適用できるか検討を行った。SQUID測定によりGaN薄膜試料へのGdイオン照射により磁性が発現することを確認し、さらにSP-PAS測定で空孔型欠陥に磁性反応があることを突き止めた。照射後の熱焼鈍により磁性反応が強まることから、クラスター化した空孔がより強い磁性作用をもたらすことがわかった。消滅ガンマ線の詳細測定から12原子空孔クラスターであることがわかり、第一原理計算でも磁性を持つことが確認された。以上の結果は論文にまとめ、投稿中である。R2年度には、このGd照射GaN試料を用いて光照射効果や荷電状態制御の測定を行う予定である。光照射実験はR1年度に行う予定であったが、Gd照射効果を調べていたために次年度に持ち越しになった。光照射機構はすでに構築した。
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今後の研究の推進方策 |
ZnO単結晶やGaN薄膜に自己イオン照射によって空孔を導入すると、カチオン空孔が磁性を誘起していることが測定されているが、得られた磁性反応は理論予測よりも小さいものであった。その理由としては、導入した欠陥が何らかの理由で不活性化している、あるいは原子空孔で誘起したスピンが試料全体にわたって伝導せず強磁性化していない、といった本質的な原因の他に、イオン照射は深さ分布を伴うため、最適な深さでの測定が行えていなかったという測定上の原因も考えられる。H30年度に行った装置の改造により、これまで取得できなかった深さ方向依存性が取得可能となったため、今後は実験データを蓄積していく予定である。実際、R1年度にN照射GaN薄膜試料の再測定を行い、空孔磁性反応の深さ依存性を測定したが、全体的に非常に弱い反応しか得られず、測定位置の問題ではないことが明らかになった。本研究課題では荷電状態制御による磁性変化検出を試みるが、明瞭な結果を得るためには、より強い磁性反応を示す物質をもちいる必要があると考えている。そこでR2年度では、Gd照射GaNを用いて光照射効果を調べる予定である。光照射装置はすでに構築済みである。試料直近に紫外発光パワーLEDを設置し、光照射前・光照射下・照射後暗中保持のMDBスペクトル変化を測定する。欠陥の荷電状態が光励起により変化すれば光照射下での増大と、暗中保持後の回復過程が見られると期待できる。Gd照射GaNのほか、Gd以外の希土類元素を照射したGaN、またはAlNのような窒化物、Co注入ZnO等、様々な試料について同様の磁気効果が期待できることら、系統的な測定を行い、新しい磁性制御法の開発につなげていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定であったいくつかの物品において、市場調査を行ったところ、より安い調達先が見つかったため、その契約差額が発生した。次年度は、測定に用いる結晶基板の購入や、試料作製のための消耗品の購入に充当する。
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