研究課題/領域番号 |
18K05040
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
阿部 穣里 首都大学東京, 理学研究科, 助教 (60534485)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 同位体分別 / ウラン / バクテリア / 相対論 / 量子化学 / 理論計算 |
研究実績の概要 |
バクテリア酵素が媒介する6価-4価ウラン還元反応においては、重い同位体(238U)が軽い同位体(235U)より、生成物である4価ウランに還元される。一方、非生物性触媒による還元では、このような同位体効果が見られない。(M. Stylo et al. PNAS, 112, 5619-5624, 2015)。この同位体分別の違いを、堆積物中のウラン同位体比を測定することで、古生物学に応用することが期待されているが、なぜ生物性と非生物性で同位体分別のメカニズムが異なるのかが不明である。そこで本研究では、高精度な相対論的量子化学法に基づく理論計算を実施し、同位体分別を素反応レベルで解析し、ウラン生物性還元のメカニズムの解明に取り組む。 2018年度には、生物性酵素をモデル化した6価-4価ウラン還元の多段反応経路に対して、各素反応における熱的平衡を仮定した場合の同位体分別係数を理論計算により求めた。2019年度では、この多段反応に対して、定常状態近似を導入することで、実験結果と我々の理論計算結果を矛盾なく説明できる、非平衡の同位体分別メカニズムを、ウラン還元反応において新たに提唱した。この理論に基づけば、特に非平衡な反応が起こっているのは、初めの2つの素反応であることが特定できる。また約60種の4価、5価、6価ウラン化合物の同位体分別係数の値を理論計算から決定し、化学種によって同位体分別係数がどのように変化するのか、データベースを作成した。このデータベースは、地球化学におけるウラン同位体比のより正確な議論を行う上で重要になる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
すべての素反応が平衡と仮定した場合の理論的な同位体分別係数の積算値は2.71‰となり、実験値の0.85~0.88‰(Stylo et al.)と同符号となった。これは重い同位体が4価に濃縮する実験事実を計算結果が再現したことを意味する。しかしながら、得られた値は実験値よりも3倍程度大きく、このことからすべての素反応が平衡であるわけではなく、非平衡の効果が表れていることが示唆されていた。 この非平衡性をより理論的に説明できる方法はないかと考察したところ、硫酸還元バクテリアで議論されている定常状態近似法が適切であると至った。この理論を用いた議論は、ウラン同位体分別においては行われておらず、新規性の高い解釈を提案できたと考えている。 また、本課題に関連して、約60種類のウラン化学種の理論的同位体分別係数のデータベースを新たに提案することができた。これまで地球化学者は、6価-4価ウラン間の同位体分別の値を、概ね1.3‰として議論することが多かった。我々のデータベースを用いれば、より具体的に配位子環境を考慮した、精度の高い同位体分別係数の議論が可能になると考える。
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今後の研究の推進方策 |
定常状態近似を用いた場合の、全体の同位体分別係数(=実験で観測される同位体分別係数)には、平衡の同位体分別係数εだけでなく、速度論的な同位体分別係数αがパラメータとして含まれる。したがって、2020年度は速度論的な同位体分別係数αの値を計算する理論・プログラム開発をメインに行う。遷移状態構造を用いた方法と、マーカス理論に基づく方法の二つのアプローチを検討する。 重原子の同位体効果においては、相対論の影響が非常に大きいが、相対論を十分な精度で考慮した速度論的な同位体分別係数の計算例は存在しない。本研究が達成されると、ウランだけでなく、地球化学で議論される、鉛や水銀、タリウムなどの重原子の同位体効果の研究にも応用可能となる。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度に計算機の備品を購入せずに、既存の計算機のメモリを拡充して対応したため、余剰額が蓄積して生じている。今年度は論文執筆の英文校正や掲載費用がかなり多く必要になるため、そちらに充填する。またプログラムラインセンスの契約更新にも充填する。
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