研究課題/領域番号 |
18K05049
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
森 俊文 分子科学研究所, 理論・計算分子科学研究領域, 助教 (20732043)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 酵素反応 / 反応ダイナミクス / 構造揺らぎ / 分子シミュレーション / 自由エネルギー / 構造励起状態 / プロリン異性化酵素 |
研究実績の概要 |
酵素反応において、タンパク質の構造の柔らかさが重要であることはこれまで認知されてはいたが、この構造揺らぎが、イベントとして速く起こる化学反応にどのように寄与しているかに関する分子機構は理解されていない。本研究課題では、従来の自由エネルギー面上での反応経路や遷移状態の探索からは見えてこない酵素の動きが、反応過程の中でどのように現れ寄与しているかを、動力学の観点から明らかにすることを目指して研究を展開している。 今年度は、プロリン異性化酵素Pin1について、特に遷移状態を越える過程に寄与する構造変化に注目し、それを記述できる反応座標の探索を行った。そのために、ある構造から生成物に到達できる確率(committor)を指標に、Kullback-Leibler divergenceを用いて適切な反応座標を最適化によって求めるcross-entropy minimziationの手法を開発した。さらに、この手法をPin1に適用することで、異性化反応の遷移状態であるためには、基質の協同的なねじれに加え、基質ー酵素間の相互作用が強くなっていることなどが重要な座標となっていることを明らかにした。この結果は、酵素が遷移状態でタンパク質と最も強く結合しているという従来の知見と一致している。一方で、自由エネルギー面上ではこのような強い相互作用は遷移状態付近でしか見られないのに対して、遷移ダイナミクスでは、異性化が始まる前の「構造励起状態」においてすでに強い相互作用が見られる。これらの結果は、反応が始まる前に基質まわりの酵素の配置が遷移状態に似た形をとることで、酵素反応の高い効率を実現していることを示しており、酵素の構造の柔らかさがこの「構造励起状態」の形成に重要であることを示唆するものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
酵素反応の反応座標をcommittorを用いて最適化するための新たな方法を提案した。また、これを用いてPin1が触媒する異性化反応の遷移状態に重要な座標を明らかにした。これらの結果は、現在、論文として投稿中である。 また、昨年度我々の研究により明らかになった、酵素反応が起こるために重要な「構造励起状態」へ、平衡状態からどのように到達するかに関しても、現在Pin1の長時間シミュレーションを進めている。この解析からは、平衡状態から励起状態へとつながる経路が予備的な計算ながらすでに見えてきており、Pin1で起こる異性化反応を統一的に理解するための知見が揃いつつある。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、Pin1の平衡状態から構造励起状態に到達するまでの経路に関する解析を進める。特に、これまでの解析から見えている多数の状態を特定し、それらの間の遷移確率を求めるために、マルコフ状態モデルなどの解析手法を活用していく。さらに、励起状態から反応が進行するまでの過程の知見を組み合わせることで、基質が酵素に結合してから反応が起きるまでの反応サイクル全体に関する統一的な機構の解明を目指す。 また、このような酵素ダイナミクスの解析を他の酵素反応でも展開していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
計算機の修理が必要であったこと、さらに分子動力学計算をより重点的に進めるためにCPU計算機でなくGPU計算機を購入したため。次年度は、解析に必要な計算データを保存するためのハードディスクや解析のためのプログラムの購入を検討する。
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