研究課題/領域番号 |
18K05052
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
石田 豊和 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 材料・化学領域, 主任研究員 (70443166)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 酵素反応機構 / グリコシル化反応 / Glycoside hydrolase (GH) / キシラナーゼ(Xylanase) / QM/MM計算 / 自由エネルギー計算 / バイオマス分解酵素 / 基質不安定化 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、非経験的量子化学計算と分子動力学計算を組み合わせた複合シミュレーション技術の開発と拡張を基礎として、バイオマス分解酵素の一つであるキシラナーゼ(Xylanase)に適用することで、一般には遅い反応だと考えられているグリコシド結合の分解過程を詳細に解析する手法を開発し、実在の酵素反応系で大規模計算を実行して、本酵素反応の律速段階を同定して反応機構を解明することにある。
本研究の対象であるXylanase は一般にGlycoside hydrolase(GH)と総称される酵素の一種であり、植物を構成する生体高分子中の重要な化学結合であるグリコシド結合の加水分解反応を触媒する。化学構造論の視点では、セルロース/ヘミセルロースともにβグリコシド結合の加水分解反応が触媒反応の本質であるが、この単純な化学反応ですらこれまでのところ、定量的な量子化学計算にて化学反応のエネルギー収支が得られていない。そこで我々は、中性子構造と高分解能X線構造を組み合わせた酵素基質複合体構造の精密な分子モデリングを実行して、酵素触媒過程の半定量的なエネルギープロファイルを作成した。
まずはグリコシル化反応の反応ポテンシャル面をQM/MM-RHFレベルで計算して、ポテンシャルエネルギー面に基づく反応経路をDFT計算とMP2計算それぞれで最適化し、各計算手法での化学反応経路を決定した。この反応経路に沿って自由エネルギー摂動計算を用いて反応自由エネルギー変化を計算することで、反応律速段階や反応環境の触媒効果を詳細に解析した。現時点で天然型酵素のグリコシル化過程の化学反応解析はほぼ完了したので、ここまでの成果で第一報の論文を投稿し、酵素機能改変に向けた理論提案に向けて、さらなる追加計算を実行している状況にある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の最大の注目点は、GHファミリーの実験構造(GH22、卵白リゾチーム)が最初に解明された半世紀以上も前から議論の続く作業仮説「グリコシド結合の加水分解過程でOxocarbenium ionが反応中間体として実際に生成しうるか否か」に関して、理論計算化学から明確な回答を提示することにある。この目的のためには、典型的なGHファミリー酵素のグリコシル化反応の自由エネルギープロファイルを半定量的に計算することが第一段階であるが、今回 GH11のXylanaseに対して天然型酵素の反応自由エネルギープロファイルを実際に理論計算して、反応経路の途中で確かに Oxocarbenium ion中間体が形成されうることを明確に示した。そして本反応におけるタンパク質の触媒効果や反応始原系での基質歪みの効果に関しても、従来よりさらに定量的に見積もることに成功している。
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今後の研究の推進方策 |
現段階で、常温常圧下での天然型酵素については、反応の第一段階であるグリコシル化過程について、計算による自由エネルギープロファイルの作成が完成している。これを踏まえて、反応の活性化エネルギーを低下させる要因、また始原系で基質に構造歪みを加える要因などを、酵素タンパク質の立体構造との相関解析から明らかにしていく。
また同時に、反応の外的要因が酵素活性に及ぼす影響を、計算シミュレーションから詳細に解析していく。GH系酵素の特徴として、酵素反応の最適温度や最適pHが大きな幅を持つことが知られているので、反応環境に関する寛容性を計算シミュレーションを基に解析していく。
本研究は米国 Oak Ridge National Laboratory (ORNL)の研究グループとの共同研究として実施するので、今後の研究環境の変化も想定しつつ、適切な共同作業/ディスカッションを行って研究を継続する。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度後半には、共同研究先である米国での現地作業と論文作成を想定していたが、予想以上に追加計算を行って、投稿論文提出に必要なデータを揃えるの大幅に時間を要した。そこで成果発表を想定していた、国内外での学会発表は延期することにして、共同研究の相手先機関での短期滞在、在外研究にかかる旅費は次年度に繰り越す方針とした。
しかしその後、年度末から社会状況に大きな変化が発生したので、年内の国内外出張予定の大部分は未定となり、当初予定していた、共同研究先での滞在及び共同研究費用、そして学会発表の旅費を大きく見直す必要が出ている。現在、今後の共同研究方針を共同研究先と検討中であるので、旅費を減らしてワークステーションの追加購入に充てるか、もしくは年度後半以降で現地滞在の共同研究を数ヶ月単位で実施するか、今後の状況を見て決定する。
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