研究課題/領域番号 |
18K05055
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
高坂 亘 東北大学, 金属材料研究所, 助教 (70620201)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 多孔性配位高分子 / 多孔性磁石 / ガス応答 / 磁性変換 / 層状磁性体 / 分子磁性体 / 集積型金属錯体 / 酸素 |
研究実績の概要 |
水車型二核錯体を電子ドナー(D),TCNQを電子アクセプター(A)兼架橋配位子として用いることにより,D2A型の組成を持つ二次元層状配位高分子磁石を多数合成し,その磁気特性やガス吸着特性について検討を行った.以下,顕著な特性が見られた化合物の概要を示す. {Ru2(3,5-F2PhCO2)4[TCNQ(OMe)2]}の脱溶媒相は76 Kのフェリ磁性体であり,N2,CO2,O2に対する吸着能を示した.N2,CO2下では,磁気相転移温度はそれぞれ88,92 Kへと上昇した一方で,常磁性のO2下では,圧力に応じてフェリから反強磁性体への連続的な変化が観測された.単結晶X線回折の構造解析結果より,窒素吸着型と定圧酸素吸着型の構造は同構造であるにもかかわらず,前者はフェリ磁性体,後者は反強磁性体であった.これは,酸素の持つ電子スピンが層間の磁気相互作用を媒介しているためだと考えられる.本化合物は酸素ガスの電子スピンを感知する全く新しい材料であり,酸素ガスの吸脱着による磁石のON-OFF制御を初めて実現した. {Ru2(m-FPhCO2)4[TCNQ(OMe)2]}は,合成直後の結晶溶媒を包含した状態では[D+A2-D+]の組成で表される二電子移動状態をとっており,磁気秩序を示さないが,真空引きにより脱溶媒を試みると,程なく一電子移動状態 [D0A-D+]へと不可逆に構造転移し,相転移温度88Kのフェリ磁性体となる.さらに,脱溶媒が完全に進行すると,構造を維持したまま,電荷不均化状態 [D0.5+A1.5-D+]へと変化し,磁気相転移温度は30 Kへと低下した.以降溶媒の吸脱着により,磁気相転移温度を88Kと30Kの間で可逆にスイッチすることに成功した.溶媒の吸脱着と協奏した電子状態変化には,溶媒と配位骨格間の水素結合が重要であることが,量子化学計算の結果から示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究の最大の目標の一つであった,「ガス吸脱着による巨大磁化応答の可逆制御」が達成された.特に,「酸素ガスの持つ電子スピンが,磁気秩序をスイッチする鍵たり得る」ことを実証できたと言える.既に同化合物群において,ガス吸脱着に対して巨大な磁化応答を示す化合物が複数見付かっており,しかも,前述の酸素ガスのスピンが介在する以外の機構によっても磁化の巨大応答が発現することが分かってきた.酸素ガスの関与する現象も,後発の化合物群においても見いだされており,本研究課題の標榜する「ガス吸着」という化学的外場による磁気相転移制御に関する研究,すなわち「ガス応答型多孔性磁石」は,着実な拡がりを見せている.このような系統的な研究展開は,ある意味当初の予定通りではあるが,実際に得られつつある結果の多様性は,予想以上であった. また,昨年度中には,ガス雰囲気下での単結晶X線回折の測定系を立ち上げ,測定・解析手法のノウハウの蓄積に努め,最終的に非常に強力な測定手段として確立することができた.従来の手法(ガス下粉末X線回折+Rietveld解析)と比較して圧倒的に優れた精度,確度で骨格中のガス分子をも決定できるようになった.本測定系は,(放射光などを必要としない)実験室系であり,かつ測定を行うまでのハードルが非常に低いのが大きな特徴であるため,測定のスループットが高く,今後も大いに活用されていくものと予想される. 以上の点を勘案し,初年度の進展具合は当初の計画以上であると判断した.
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今後の研究の推進方策 |
昨年度に見いだされた,多数の未発表の「ガス応答型多孔性磁石」について,それぞれの細部を詰め,論文投稿の水準に仕上げていく.物質探索の結果,予想を上回るペースで有望な物質群が見いだされているため,今年度は個々の物質を掘り下げる方向に注力する.一方で,新規物質開拓の方向性についてもまだ,「ガス応答性多孔性磁石」として有望な候補化合物が見付かっている状況であるため,バランスをとりつつ,随時新規物質についてもガス下での物性検討を進めていく. また,「ガス応答型多孔性磁石」の示す現象に多様性が認められるようになってきた状況を踏まえ,これらの化合物群を,ガス応答性まで含め予測・設計出来るような法則・学理を追究していこうと考えている.具体的には,物質の構築素子や構造と,実際に観測されたガス応答現象の間の相関を探るために,量子化学計算などの理論的手法を取り入れるほか,紫外可視吸収スペクトルやラマンスペクトル,磁気円偏光二色性スペクトル(MCD)といった電子分光学的な側面からの実験を取り入れていこうと考えている. 測定環境の整備としては,当初の実験計画通りに磁場下でのガス吸着量測定や,ガス下での電子吸収スペクトル測定の実現を目指す.磁場下ガス吸着量測定に必要な物品は既に購入済みであり,今年度は測定環境の整備に取り組む.電子スペクトルに関しても既に試作機の制作中である.加えて今年度は,上述のようにガスの種類により様々な磁化応答が観測されるようになった現状を踏まえ,混合ガスを用いた実験が行えるよう,環境を整えていこうと考えている.
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