研究課題/領域番号 |
18K05079
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
平尾 泰一 大阪大学, 理学研究科, 助教 (50506392)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | クロミズム / 電子移動 / 有機ラジカル / 刺激応答性分子 |
研究実績の概要 |
本研究は分子内電子移動反応を鍵として、反応前後の状態変化を刺激応答性の機能へと発展させることを目指している。そして、より小さな刺激に対しても応答可能にするために、強力な電子供与性骨格と電子受容性骨格を連結させることで分子内電子移動反応に必要なエネルギーを可能な限り低下させることを提案した。この時、化合物の電子構造はイオン性―中性の境界領域に位置することになる。そして微小な外場の変化、例えば室温から体温程度の温度変化や媒質の誘電率の変化によって、分子内電子移動反応を契機としたイオン性―中性間の異性化反応の平衡を移動させることを目指す。 初年度は設計した分子の合成と基礎物性の測定と評価を実施した。電子供与性骨格としてガルビノールの脱プロトン体であるガルビノキシド(アニオン)を採用した。また電子受容性骨格としてアクリジンの窒素をメチル化したアクリジニウム(カチオン)を採用した。そして両骨格が交差共役で連結されるように、それらをカップリング反応させることで目的化合物を創出した。得られた分子からは、それぞれの骨格の電子供与性または電子受容性が非常に高いことを電気化学測定から評価した。また化学修飾によって電子供与能、受容能に変化を与えた誘導体の合成も達成した。現在、光誘起による分子内電子移動の活性化に対応する吸光は近赤外領域に観測されており、反応活性に必要なエネルギーは低いことがわかっている。 次年度は分子内電子移動反応に必要エネルギーの更なる低下を化学修飾によって図る。また機能発現に注力する。具体的には分子内電子移動反応によって生じることが期待される中性ビラジカル状態を分光学的に捉えることである。また熱や媒質の変化といった他の刺激に対する反応についても調査する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請時に設計した新規分子群の合成を初年度に実施した。はじめに合成した化合物は電子供与能をもつ骨格としてガルビノキシド(アニオン)、電子受容能をもつ骨格としてアクリジニウム(カチオン)をもち、それらが交差共役によって結ばれた構造をもつ。そこでガルビノキシド骨格およびアクリジニウム骨格の構築を個別に行い、それらをカップリング反応することによって目的の連結分子1を得た。単結晶X線構造解析から分子1は両骨格が直交した構造をもつことがわかった。さらにNMR測定と吸光測定から分子1の電子構造が双性イオン状態であることを確認した。一方、化学修飾によって電子供与性や電子受容性を変化させた基本骨格を数種合成し、それらの組み合わせ方を変えてカップリング反応することによって計3つの誘導体を合成することができた。それらは分子内電荷移動相互作用において差異が表れることが期待できる。 現在は吸光測定や電気化学測定からそれぞれの化合物の電子構造を調査しており、特に分子内電荷移動相互作用の大きさについて評価を実施している。サイクリックボルタンメトリー法を用いた電気化学測定から得られる第一酸化電位に基づいて電子供与性、また第一還元電位から電子受容性をそれぞれ評価した。高い電子供与能をもつ骨格と高い電子受容能をもつ骨格を連結させた化合物からは分子内電子移動に対応する光吸収が近赤外領域に観測された。これは分子電子移動反応に要するエネルギーが微小であることを示唆している。また化学修飾によって意図した電子供与性と電子受容性の制御ができていることを確認することもできた。 このように申請書に記載した計画の通り研究は進展しており、当初の研究目的に向けて着実に研究は前進している。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は現在得られている基本骨格の拡充と、他の組み合わせによる誘導体の追加合成を実施して分子群の構築を実施する。分子群を用いた系統だった研究によって、化学修飾―電子状態―機能の相関について知見を得ることができ、分子内電子移動反応に必要なエネルギーのさらなる低下に必要なファクターを探索することができる。また系統だった研究は分光測定の観測結果を解釈して評価するうえで有用である。 さらに次年度では合成と並行して機能発現に向けた物性評価を本格的に開始する。本研究課題の目的は外部刺激、それも微小な刺激による分子内電子移動反応の発現を契機としたイオン性―中性状態間の異性化である。これを分子1に当て嵌めるとガルビノキシド(電子供与性)からアクリジニウム(電子受容性)への分子内電子移動と、それに伴う双性イオン状態から中性“ビラジカル”状態への異性化となる。そこで溶液状態の試料に対して、(赤外)光の照射または加熱によって分子内電子移動反応の活性化を図り、その時のラジカルの発生の有無について主にNMR測定、ESR測定から調査する。また分子1において現在のところ最安定状態である双性イオン状態を不安定化させるために反応溶液の媒質の極性をできる限り下げる。これによって双性イオン状態から中性ビラジカル状態への異性化に必要なエネルギーは低下するはずである。これは溶媒の極性という微小刺激に対する分子の応答を調査しているという側面ももつ。さらに、すでに得ている単結晶についても同様の実験を実施する。試料が固体状態であるため、磁化率測定(SQUID)によるスピン量の追跡など測定手法、評価の幅が広がる。 このように分子修飾による化合物群の構築、系統だった物性評価、そして研究測定条件や分光法の工夫によって目的達成を第一に研究を実施する。
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