研究課題
中性二価のカルベン炭素と金属原子が形式的に二重結合を形成した高活性な炭素種は金属カルベンと称され、有機合成化学における有用な反応剤として使用されている。カルベン化学で一般に用いられる触媒金属種はロジウム(Rh)であるが、申請者は銀(Ag)カルベン種が特有の反応性を持つことを見出した。金属カルベンはその金属種に応じて異なる反応を引き起こすものの、その化学選択性発現機構の詳細は依然として不明である。申請者は選択性発現機構の解明を目指し、以下の3点を目標として、系統的・網羅的な研究を推進する事で未踏銀カルベン化学の開拓に挑戦した。1 金属カルベン種の性質・電子構造等を計算科学的に解析。2 銀カルベンの金属特性を活用した選択的分子変換法の開発とメカニズムの解明。3 創薬を目指した未利用天然物の全合成研究。光学活性なα-オキシ-α-アリールエステル誘導体は、インスリン抵抗性糖尿病の治療薬やPPARアゴニストの基本分子骨格であるため、その効率的な合成法の開発は、創薬科学研究において重要な研究課題の一つである。申請者は新しい銀触媒システムを用いたO-H挿入反応の開発によるα-オキシ-α-アリールエステル誘導体の不斉合成に取り組んだ。詳細な検討を行った結果、20 mol%の水を添加し、AgNTf2と(S)-Xylyl-BINAPを2:1の比で用いることで、高エナンチオ選択的にO-H挿入反応が進行することを見出した。実験的・計算科学的に反応機構解析を行ったところ、反応系中でホモ複核銀錯体を形成し、これが活性な触媒であることが示唆された。またエナンチオ選択性発現段階は、フェノールの銀カルベンに対する求核攻撃により生じる銀エノラートの不斉プロトン化のステップであり、水分子が水素結合ネットワークを介するプロトンシャトル触媒として働くことで、不斉認識が行われていることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
新しい銀触媒システムの開発、銀カルベン種の特性を利用した反応開発に成功した。また反応機構解析に関しても、化学実験に並行して量子科学計算に基づく理論解析を進めており、化学選択性発現機構を合理的に説明できる結果が得られた。また天然物合成に関する研究は、全合成には至っていないものの、標的分子の主骨格の立体選択的な合成に成功している。以上を踏まえ、本研究はおおむね順調に進展していると言うことができる。
1) 申請者はこれまでに金属カルベン反応において、カルベン炭素が配位している金属種に応じて、異なる化学構造を有する化合物が生成する新たな反応系を見出している。しかしその詳細は依然として、明らかになっていない。申請者は金属触媒の包括的な検討と密度汎関数法に基づく理論計算を行い、カルベンの金属特性の解明する。2) 金属カルベン種は一般に対応するジアゾ化合物から発生させ有機反応に用いられるが、ジアゾ化合物はしばしば不安定であり潜在的な爆発性を有する、また調整する工程を要するなど、改善の余地を残す。ジアゾ基を用いない金属カルベン種の発生法とその応用検討を行う。これまでの検討で、イナミドと酸化剤を用いる条件で、銀カルベン種が発生したと思われる反応成績体を単離することに成功した。引き続き包括的な検討、本手法の確立を目指す。3) 本研究の合成化学的な応用展開として、銀カルベン反応による脱芳香族的スピロ環化反応を鍵工程とするDihydrodidymelineの世界初の全合成達成に向けて検討を行う。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 査読あり 3件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 4件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
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