研究実績の概要 |
本研究は、配位子上に「電気」と「水」から再生可能なヒドリドを生成できる金属錯体を創製し、「有機ヒドリド」としての機能を強める反応系を構築することにより、有機物の高効率な還元・二酸化炭素の多電子還元によるメタノール生成を実現するための技術開発を目的としている。平成31年度(令和元年度)は、前年度に引き続き、NAD+/NADH型酸化還元能を示すユニットをもつ金属錯体の創製を目指し、ジベンゾ[c,h]-1,9,10-アンチリジン(dbanth)を配位子にもつ金属錯体の合成、およびカルボニルを配位子に含む錯体への変換、電解還元反応の検討を行った。 dbanthを配位子にもつ金属錯体、[Ru(κ2N,N'-dbanth)(bpy)2](PF6)2 ([1](PF6)2) および[Cp*MCl(κ2N,N'-dbanth)](PF6) (M = Rh([2](PF6)), Ir ([3](PF6)) をそれぞれ合成し、X線結晶構造解析により構造を確認した上で、一酸化炭素との反応を行い、カルボニルが配位した錯体への変換を試みた。前年度の予備的な検討で、Ru錯体[1](PF6)2はCOとの反応により、[Ru(CO)(κNdbanth)(bpy)2](PF6)2 ([4](PF6)2) へと変換されるのに対し、[2](PF6)および[3](PF6)については、ほとんど反応が進行しないという知見が得られていた。そこで、種々の条件を用いて各錯体のカルボニル錯体への変換を再検討した結果、[1](PF6)2から[4](PF6)2への変換のみがきれいに進行することが明らかになった。[4](PF6)2についてはX線結晶構造解析によりその構造を明らかにした。さらに、[4](PF6)2を用いて電解還元反応を行ったところ、溶液の色が黄色から濃赤色に変化した。電流値等の検討から、還元反応が進行し、目的とするNAD+/NADH型酸化還元能を示す錯体への変換ができたものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成31年度は、前年度の合成検討の結果を受けて、NAD+/NADH型酸化還元能を示す錯体の前駆体として、配位子としてdbanthおよびCOをもち、且つそれらがお互いにcis-位に配位したRu錯体の合成の最適化を行い、さらに得られた錯体の電解還元によるNADH型錯体への変換について検討した。前駆体であるRu錯体 [4](PF6)2 については、1H-および13C{1H}-NMRスペクトルとX線結晶構造解析にその構造を確定できた。その結果、dbanth配位子の中央のN原子と、CO配位子のC原子の間の距離が2.780Åと近接しており、目的に沿った分子設計ができている。この錯体を電解条件下で還元することにより、dbanth配位子中の金属に配位していないピリジン基のN原子と、CO配位子のC原子間で結合を生成し、NADH型のユニットの形成が期待できる。[4](PF6)2の電解還元反応を行った結果、溶液の色が黄色から濃赤色へと変化したことから、還元反応が進行したことを確認した。一方、dbanthとCOを併せもつ他の錯体として、[RuCl2(CO)2(PPh2Me)2]とdbanthとの反応を行い、[RuCl(CO)(κ2N,N'-dbanth)(PPh2Me)2](PF6) ([5](PF6)) および [RuCl(CO)(κ2N,N'-dbanth)(κNdbanth)( PPh2Me)](PF6) ([6](PF6)) について、X線結晶構造解析による構造の決定に成功しており、これらの錯体もNAD+/NADH型の酸化還元を行える錯体への変換が十分に期待できることが明らかになった。以上、目的とする錯体の前駆体の合成に成功したこと、電解還元による目的錯体への変換反応が進行したことが明かになったことから、本研究は概ね順調に進行していると言える。
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