有機分子は、炭素原子-炭素原子間の結合を基本骨格として、分子中に存在する官能基の種類や数によって様々な性質を示す。特にカルボニル基をもつ化合物は、カルボニル基の特徴的な反応性と官能基変換の容易さが相俟って有機合成化学の中心的役割を担っている。カルボニル基のα位が官能基化された化合物も数多く知られ、なかには生物活性を示す物質も少なくないことから医薬品などへの応用研究が進められている。そのため、有機合成において最も重要な変換である炭素-炭素結合の形成とカルボニルα位の官能基化を一段階でかつ触媒的に達成できれば、有用な化合物群の効率的供給が可能になる。本研究では、通常では困難な分子変換手法を用いてカルボニル化合物の新規合成技術の創出を図る。すなわち、申請者が世界に先駆けて達成したパラジウムエノラートに対する求核攻撃を基軸とする極性転換研究を推し進め、炭素-炭素結合形成とカルボニル基α位の官能基化を同時に行うドミノ型プロセスの開発を目指す。 令和3年度では前年度に引き続き、新規α位置換カルボニル化合物の合成ルート探索のため、既に開発に成功しているパラジウムエノラート極性転換プロセスを基盤として様々な求核剤を検討した。具体的には、パラジウム塩や各種配位子、溶媒などの反応パラメータを調整しつつ、これまでに適用できていない酸素求核剤や窒素求核剤、前年度までに極性転換反応が確認できていない硫黄求核剤、新たに炭素求核剤やリン求核剤などを試みた。しかしながら、反応が全く進行しない、あるいは反応の進行は確認できたものの触媒的パラジウムエノラート極性転換は認められないという結果に終わった。予備的な分子軌道計算の結果から推察されるように、本反応を成功させるには、触媒活性を示す金属周りの精密な電子密度コントロールが重要と思われる。
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