研究課題/領域番号 |
18K05135
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
隅田 有人 国立研究開発法人理化学研究所, 生命機能科学研究センター, 研究員 (40630976)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 有機ホウ素化合物 / 環状ホウ素化合物 / ホウ素アート錯体 / 鈴木-宮浦クロスカップリング / リサイクル |
研究実績の概要 |
有機ホウ素化合物は、触媒、反応剤、医薬品、イメージングプローブ、材料など、その利用は多岐にわたる。とくにパラジウムなどの遷移金属触媒による有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物を用いた鈴木-宮浦クロスカップリング反応は、現代有機化学において最も信頼性の高い炭素-炭素結合形成反応の一つであり、さまざまな分野で頻繁に用いられる。近年、多くのホウ素化反応が開発され、これまで合成困難だった有機ホウ素化合物の取得が可能になっているものの、ホウ素試薬は比較的高価であり、変換にしばしば高い反応温度を必要とするうえ、過剰量のホウ素廃棄物は環境負荷に繋がるなど、持続可能な社会を築くためにはいくつか解決すべき点がある。これに対して本研究では、回収・再利用が可能な、あたかも求核剤の「vehicle(乗り物)」として働く有機ホウ素分子を開発することで、これらの課題を解決することを着想した。これを実現するには、1)高い化学的安定性2)四配位状態において求核剤が立体的に張りだしている3)他の結合は熱力学的あるいは速度論的に不活性、という条件が必要となる。そこで設計指針として、三配位状態では剛直かつ高い平面性と安定性を付与することで様々な反応条件において不活性な有機ホウ素化合物を着想し、合成するに至った。これに対して有機リチウム試薬などの外部求核剤を添加することで四配位状態(ホウ素アート錯体)とし、このホウ素アート錯体から求核剤由来の有機基のみが化学変換に関与するとともに、反応後にもとの有機ホウ素化合物が回収できる合成システムを開発に着手した。本手法は、有機ホウ素化合物を用いる多彩な化学変換にも応用可能であり、新しい合成基盤技術になると期待した。2018年度では、リサイクル使用可能な有機ホウ素化合物boraceneを設計、合成し、これを用いた環境調和型の鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
これまで申請者は、ホウ素選択的な鈴木-宮浦反応による六員環状ボロン酸ハーフエステルであるdibenz[oxa]borinの簡便合成法を報告している。本手法は、一方のカップリング試剤のホウ素を1,8-diaminonaphthaleneで保護し、二つのホウ素に極端な反応性の差を生み出すことで、ホウ素を反応剤として用いる反応条件にも関わらずホウ素含有生成物が得られる。また環状ボロン酸ハーフエステル骨格がエネルギー的に極めて有利であるために、特別な脱保護操作なしに環化反応が進行し、目的生成物を与える。この際、ホウ素上が保護された2,6-dibromophenylboronic acidに対して二度のクロスカップリングを行うと、ベンゼン環三つ、oxaborin環二つから成る五環性化合物であるboraceneが得られることを見いだしている。このboraceneに対してnBuLiを作用させると、低温下で効率良くホウ素アート錯体を形成し、これにPd触媒存在下、4′-bromoacetophenoneに作用させると、室温下、高い収率でクロスカップリング体を与えた。この時、boraceneは定量的に回収され、再利用可能であった。対比実験としてboraceneを添加せずに反応を行うと生成物は得られずに4′-bromoacetophenoneの分解物のみが観測されている。さらに、nBu基が配位したアート錯体は空気下でも取り扱えるほど安定であり、単結晶X線構造解析によりその構造を確認できている。さらに有機Li試薬に加えて、Grignard試薬でも同様の変換が進行することも見いだしており、非常に汎用性が高い手法と考えている。これらの知見を基盤に、次年度では有機ホウ素アート錯体を利用したクロスカップリング反応を確立する。
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今後の研究の推進方策 |
高い化学的安定、平面性、さらに剛直な骨格をもつホウ素化合物boraceneから得られるホウ素アート錯体は選択的に求核剤由来の有機基のトランスファーを可能にする。その結果、反応後boraceneの回収・再利用が可能となり、非常に実用性と環境調和性の高いシステムとなる。このシステムを基盤に、次年度以降では有機ホウ素アート錯体が可能にする汎用性の高い化学変換へと展開する。近年、ニッケル触媒存在下、ホウ素アート錯体が可視光励起されたとイリジウム触媒から一電子酸化を受けて生じるアルキルラジカルがクロスカップリング反応に関与するシステムが精力的に研究されている(G. A. Molander, et al., Acc. Chem. Res. 2016, 49, 1429)。これを参考に、boraceneから誘導したホウ素アート錯体を用いて可視光レドックスカップリングを開発する。この可視光レドックスカップリングで汎用されている有機ホウ素アート錯体はpotassium R-trifluoroborate(R-BF3K)であり、この化合物群は、基本的に可視光域に吸収帯を持たない。一方でboracence由来の有機ホウ素アート錯体は、強度は低いながらも、その裾野が380 nm付近にまで吸収を持つ。このため、光励起を駆動力とするレドックスカップリングにおいて、有機ホウ素アート錯体が直接的に励起されて反応が進行する可能性がある。この性質を利用することで、高効率なクロスカップリングシステムの開発を目指す。現在、予備的な知見ではあるものの、R-BF3Kはほとんど進行しない条件下でも高効率に可視光で励起され反応が進行することを見いだしている。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 研究計画が極めて順調に進んだため、目的化合物を合成するための試薬や溶媒や不活性ガス、得られた化合物を精製するシリカゲルなどの精製資材、さらに合成したホウ素アート錯体の単結晶X線構造解析依頼費が当初の研究計画で計上していた額よりも高いものとなった。とくに、本研究課題の核となる有機ホウ素錯体を合成する際に大量に必要となるboraceneの受託合成を行った。また精密精製が必要な化合物が多数得られたため、これを純度高く精製するためにサイズ排除型リサイクル分取HPLCを導入した。
(使用計画) 次年度では、2018年度では合成できなかった有機ホウ素アート錯体の合成を行う。そのため、単結晶X線構造解析依頼費やそのた外部委託分析費が新たに必要となる。また2019年度では、可視光を駆動力としたクロスカップリングの開発を行うため、これに必要な光反応装置と、それに取り付ける各波長ごとの光源が必要となる。さらにこの可視光レドックスクロスカップリングは主にニッケル触媒で進行し、光増感触媒としてイリジウムや有機アクリジニウムが必要であるため、その購入費用に充当する。また前年度の研究計画が順調に進んだことから、これらを発表する機会を得るため、複数の学会参加、発表を計画している。
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