研究課題/領域番号 |
18K05135
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
隅田 有人 金沢大学, 薬学系, 助教 (40630976)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 光レドックス触媒 / 有機ホウ素 / ホウ素アート錯体 / 直接励起 / アルキルラジカル / クロスカップリング |
研究実績の概要 |
近年、photoredox触媒によってアルキルホウ素化合物からアルキルラジカルが生じることが報告され、遷移金属触媒との一電子酸化型のトランスメタル化を利用した反応が開発されている。しかし一般にphotoredox触媒は高価であり工業レベルでの実用には適していない。さらに触媒の酸化還元過程を考慮する必要があるために、しばしば反応系が複雑化する。これに対して申請者が開発した五環性ホウ素化合物boraceneは、その母骨格にmeta-terphenyl基を有しており、oxaborin環部分のπ共役系への寄与は小さいものの、その紫外可視光吸収は340 nm程度と比較的長波長である。またこのboraceneに有機リチウム試薬やGrignard試薬などの強いアルキル求核剤を作用させて得られるホウ素アート錯体は長波長シフトして高濃度であれば可視光領域に吸収を持つことを見出した。そこで適切な波長の光を照射することで母骨格が直接的に光励起され、photoredox触媒の添加を必要とすることなく、炭素-ホウ素結合が均等開裂してアルキルラジカルが生じると考えた。本手法はphotoredox触媒を介さないことからエネルギー効率に優れ、より直裁的な分子変換が可能になると考えられる。さらにいくつかの分光化学的な測定により、このホウ素アート錯体は光励起されることで非常に強力な一電子還元剤として働くことが示唆された。実際に、photoredox触媒を用いた場合では達成困難な反応基質も適用可能であった。本アート錯体を用いて、脱シアノアルキル化反応や、ニッケル触媒によるハロゲン化アリールのアルキル化などの様々な炭素-炭素結合形成反応を開発できた。本研究で得られた結果は、可視光による反応開発に新たな知見と設計戦略を与えるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
これまで申請者は、五環性化合物ホウ素化合物boraceneに対して有機リチウム試薬やGrignard試薬などの強いアルキル求核剤を低温下で作用させると効率良くホウ素アート錯体を与えることを見出している。前年度までに、このホウ素アート錯体を用いて、Pd触媒存在下、4′-bromoacetophenoneに作用させると、室温下、塩基を必要とすることなく高い収率で鈴木-宮浦クロスカップリング体を与えた。これは一般に用いられる鈴木-宮浦クロスカップリングに比べて非常に温和な条件で進行している。さらにこの時、 boraceneは定量的に回収され、再利用可能であった。本年度では有機ホウ素アート錯体を利用した可視光による直接励起に基づくアルキルラジカル発生法の開発に着手した。まず、開発した有機ホウ素アート錯体の紫外可視吸光スペクトルおよび蛍光発光スペクトルに加えて、サイクリックボルタンメトリによる酸化還元電位測定を行なった。これら各種分析の結果からRehm-Weller近似式を用いて有機ホウ素アート錯体の励起状態における還元ポテンシャルを導出したところ、約-2.2V程度の値を示した。これは汎用される光レドックス触媒の一般的な値と遜色ないか、あるいはそれ以上の値であり、光励起により非常に強い一電子還元剤を与えることを示唆した。これにより、可視光の直接励起による炭素-ホウ素結合の均等開裂によるアルキルラジカル生成という経路に加えて、一電子受容体を共存させることで一電子酸化還元ののちにアルキルラジカルが生じる経路が可能となった。また本手法は、第一級、二級、三級のいずれのアルキルラジカルの生成も可能であり、特に不安定なメチルラジカルや三級アルキルラジカルは合成利用価値が高い一方で、これまで自在な発生は困難であった。以上より、当初の計画した期待以上の結果を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
高い化学的安定、平面性、さらに剛直な骨格をもつ五環性ホウ素化合物boraceneから得られるホウ素アート錯体は選択的に求核剤由来の有機基のトランスファーを可能にする。その結果、反応後boraceneの回収・再利用が可能となり、非常に実用性と環境調和性の高いシステムとなる。このシステムを基盤に、Pd触媒による鈴木-宮浦クロスカップリング、また可視光直接励起によるアルキルラジカル発生法の開発に成功した。すでに当初の計画のほとんどが遂行済みであることから、最終年度ではこの有機ホウ素アート錯体が可能にする汎用性の高い化学変換へと展開する。すなわち鈴木-宮浦クロスカップリングの開発の途中で明らかとなった有機ホウ素アート錯体の高いトランスメタル化能、および可視光による直接励起に基づく強力な一電子還元剤の発生を利用することで、より高効率な分子変換を開発する。 予備的知見として、今年度に開発した可視光直接励起によるアルキルラジカル生成を利用したニッケル触媒クロスカップリング反応に対してイリジウム触媒を添加して反応を行ったところ、反応効率が劇的に促進されることを見出した。具体的には、実験に使用する光源を、放射照度計を用いることで反応バイアルが受ける光量を測定した。その結果、これまでに報告されている類似のニッケル/イリジウム協働触媒システムでは全く反応が進行しない光量(440 nmにおいて<1/500)でもスムーズに反応が進行した。これは、光エネルギーの利用効率が極めて高いことを示唆しており、これまで強い光源を用いた場合には適用できなかった反応基質の利用が可能になることが期待できる。さらに、炭素中心ラジカルの中でもより発生が困難であるアリールラジカルの生成とその利用も可能と考えられる。今後、以上の知見を基盤に高難度分子変換開発を推進する。
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