近年、photoredox触媒によってアルキルホウ素化合物からアルキルラジカルが生じることが報告され、遷移金属触媒との一電子酸化型のトランスメタル化を利用した反応が開発されている。しかし一般にphotoredox触媒は高価であり工業レベルでの実用には適していない。さらに触媒の酸化還元過程を考慮する必要があるために、しばしば反応系が複雑化する。これに対して申請者が開発した五環性ホウ素化合物boraceneは、その母骨格にmeta-terphenyl基を有しており、oxaborin環部分のπ共役系への寄与は小さいものの、その紫外可視光吸収は340 nm程度と比較的長波長である。またこのboraceneに有機リチウム試薬やGrignard 試薬などの強いアルキル求核剤を作用させて得られるホウ素アート錯体は長波長シフトして高濃度であれば可視光領域に吸収を持つことを見出した。そこで適切な波長の光を照射することで母骨格が直接的に光励起され、photoredox触媒の添加を必要とすることなく、炭素-ホウ素結合が均等開裂してアルキルラジカルが 生じると考えた。本手法はphotoredox触媒を介さないことからエネルギー効率に優れ、より直裁的な分子変換が可能になると考えられる。さらにいくつかの分光学的な測定により、このホウ素アート錯体は光励起されることで非常に強力な一電子還元剤として働くことが示唆された。実際に、photoredox触媒を用いた場 合では達成困難な反応基質も適用可能であった。本アート錯体を用いて、脱シアノアルキル化反応や、ニッケル触媒によるハロゲン化アリールのアルキル化などの様々な炭素-炭素結合形成反応を開発できた。本研究で得られた結果は、可視光による反応開発に新たな知見と設計戦略を与えるものである。
|