研究実績の概要 |
四配位平面正方型のPt(II)錯体と六配位八面体型Pt(IV)錯体の間の酸化還元は大きな構造変化を伴うため、一般的に白金錯体は酸化還元不活性であると知られている。本研究では、1,4,7-トリアザシクロノナン(tacn)を構造制御用の配位子として用いた白金錯体を合成し、エネルギー変換の観点から重要な電気化学的および光化学的水素発生反応や酸素還元反応にいて検討を行っている。平成30年度は、Pt(tacn)錯体の基本的な酸化還元挙動を解明するため、[Pt(tacn)(bpy)L]3+ (L = Cl-, Br-, I-, SCN-, bpy = 2,2’-ビピリジン)を合成し、解離性配位子Lが錯体の酸化還元挙動に与える影響について検討を行った。その結果、LがCl-, Br-, I-であるとき、溶液中に共存するハロゲン化物イオンの濃度がPt(IV)/Pt(II)の酸化還元電位に影響を与えることが分かった。六配位Pt(IV)から四配位Pt(II)への還元反応は1電子ずつの二段階反応であり、反応中間体としてPt(III)錯体が存在することが示唆された。この還元過程にはハロゲン化物イオン濃度の影響がないのに対して、四配位Pt(II)から六配位Pt(IV)への酸化は2電子過程で進行し、溶液中のハロゲン化物イオンの影響を受けることが分かった。ハロゲン化物イオン濃度と酸化電位の相関から、ハロゲン化物イオンの結合と2電子の酸化が共役して進行することが明らかとなった。一方、L = SCN-のときは、溶液中のSCN-濃度は、酸化還元電位に影響を及ぼさなかった。このことから、解離する配位子Lは白金錯体の酸化還元挙動に大きな影響を与えることが分かった。これらの研究結果は、錯体化学会第68回討論会と日本化学会第99春季年会で発表した。
|
今後の研究の推進方策 |
平成30年度後半に行った水素発生反応に関する予備的な実験から、[Pt(tacn)(bpy)Cl]3+では-0.9 V以下の電位で水素発生することが分かった。しかし、より小さな過電圧で水素発生することが望まれる。サイクリック・ボルタンメトリーの結果から、[Pt(tacn)(bpy)Cl]3+は2電子還元を受けて平面正方型のPt(II)錯体[Pt(tacn)(bpy)]2+を生成し、さらにbpyが還元されることによってプロトンを還元し水素を発生することが分かった。即ち、水素発生にはPt(II)錯体がさらにもう1電子の還元を受ける必要がある。そこで、より小さな過電圧で水素発生することを目指して、bpyの代わりの二座配位子としてフェナントレンキノン(PQ)を導入した錯体[Pt(tacn)(PQ)Cl]3+を合成する。PQは配位子でありながら2電子の酸化還元が可能である。従って、[Pt(tacn)(PQ)Cl]3+は中心金属の2電子と配位子PQの2電子、合わせて4電子の還元が可能である。これまでに我々はPQを有する白金錯体[Pt(PQ)Cl(PPh3)]+の酸化還元について報告している(Bull.Chem.Soc.Jpn, 2006, 79, 106-112)。興味深いことに、白金にNで配位したPt(PQ)錯体は溶液中にルイス酸性金属イオンを入れることにより酸化還元電位を制御することが出来る。平成31年度は、まず[Pt(tacn)(PQ)Cl]3+を合成し(合成は比較的容易である)、その酸化還元挙動を明らかにする。その上で電気化学的な水素発生反応に対する触媒反応について検討を行う。これらの結果を踏まえて、白金錯体触媒と光増感剤である[Ru(bpy)3]2+を組み合わせた触媒系で光化学的な水素発生反応についても検討を行う。
|