昨年度までに、簡便な分光電気化学測定法をを完成させており、最終年度は、この測定系の改良を行うとともに、電極反応で生成するラジカルイオン種の溶液中での後続反応(電気化学発光を含む)の測定及び解析に応用した。 いくつかの有機発光性分子のラジカルアニオンに本手法を応用したところ、ピレンのラジカルアニオンについて、非常に興味深い結果が得られた。ピレンのラジカルアニオンは490 nm付近に吸収極大を示すが、電極で生成するピレンのラジカルアニオンの量が増加するにしたがって、740 nm付近の吸光度が増大した。また、この吸光度の増加は、支持電解質として用いたテトラブチルアンモニウム(TBA+)の濃度にも依存した。これらの結果から、ピレンのラジカルアニオンがTBA+とイオン対を形成し、さらに、このイオン対の分子間ダイマーが形成していることが分かった。 時間依存密度汎関数理論(TDDFT)によって、このイオン対ダイマーの吸収スペクトルを計算したところ、740 nm 近傍の光吸収に加え、1500 nm付近に比較的大きな振動子強度(f≒0.25)が観測された。実際に、ピレンに対し、バルク全電解を行い、カソード室の溶液の近赤外領域における吸収スペクトルを測定したところ、1480 nm 付近に光吸収を示し、TDDFT計算結果は実験と良く一致した。 解析を行ったところ、ダイマー形成によってモノマーの490 nm付近のモル吸光係数が、見かけ上、減少することがわかった。これまで知られていた、「分光電気化学で決定されたピレンのラジカルアニオンのモル吸光係数が、フラッシュフォトリシス法で決定されたものよりも小さくなる」という事実にの原因が、本手法によって、イオン対形成を伴うダイマー形成であることが明らかになった。
|