研究課題/領域番号 |
18K05190
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研究機関 | 公益財団法人豊田理化学研究所 |
研究代表者 |
冨宅 喜代一 公益財団法人豊田理化学研究所, フェロー事業部門, フェロー (00111766)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 気相イオン / 核磁気共鳴分光 / 質量分析 / イオンサイクロトロン共鳴 |
研究実績の概要 |
質量分析法は高感度の化学分析法として広範な分野で用いられているが、質量の情報しか得られないため、これらの分野で質量と同時に構造の情報も得られる一般的な構造解析法の開発が望まれている。申請者は非常に弱い核磁気相互作用の増幅を可能にする「磁気共鳴加速法」を新たに提案し、この方法に基づく気相イオンの核磁気共鳴(NMR)分光法の開発を進めてきている。本研究ではこの方法の原理検証実験を行うとともに、イオンサイクロトロン共鳴(ICR)技術を発展的に組み込み、質量分析機能を兼ね備えたNMR分光装置の開発を目的としている。本方法では試料イオンを傾斜磁場中に設置したNMRセル内に捕捉し往復運動させると共に、この運動と同期してセル両端に設置したRFコイルで核スピンを順次180度反転させ、異なった核スピン状態のイオンを核磁気力で空間的に分離(核スピン分極)し観測することによりNMR検出を行う。前年度までの研究でイオンの極低温冷却技術とRF磁場励起技術の開発はほぼ完了していたが、イオン光学系に残存する浮遊電場のため低速イオンの透過率が低く充分に減速できないため原理検証に至っていない。本年度は浮遊電場を充分に抑制し原理検証を実現するために、新たにイオン源のベーキングシステムを開発しNMRセルとイオン源を同時にベーキングできるように改良した。また NMRセルの浮遊電場を抑制するためイオン光学系を改良し、セルに残留する水分の効率的な除去法の導入を進めた。この結果、浮遊電場の制御が大きく改善され、標準イオンとなるトリエチルアミン(TEA)を用いて原理検証実験を進めた。また本装置を用いた極低温イオンの発生技術の改良とICR技術を組み合わせたNMR装置の開発を目的として、市販のイオン軌道計算ソフトウエアーを用いたシミュレーション法による計算機実験の準備を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究は試料イオンの核スピンと傾斜磁場の相互作用力の観測により気相イオンのNMRを検出する初めての試みであり、超電導磁石の設計,製作を始め、要素技術としてNMRセルやRF磁場励起法の他に、イオン束を減速し速度分布幅を± 0.3 m/s (< 1 mK)以下に極低温冷却する技術等の独自開発が必要であった。昨年度までにイオンの極低温冷却技術や磁気共鳴用のRFコイルとRF磁場励起技術の開発を含めNMR装置の基本部分をほぼ完成し、原理検証の予備実験を進める段階に至っていた。本試行装置ではイオン源内で光イオン化したイオンを減速して下流のNMRセルに導入し、速度分布幅を揃えてNMR検出を行う。この場合、核スピン分極を充分な感度で観測するためにイオンを150 m/s (10 meV)程度まで減速する必要があるが、(1)イオン源-NMRセル間と(2)NMRセル内に数十mV程度の浮遊電場が頻繁に出現し、高い透過率でイオンを減速するのが困難であった。この課題を解決するため今年度はイオン源の非磁性ベーキングシステムを新たに開発しNMRセルと同時にイオン源もベーキングできるよう改良することにより、(1)の浮遊電場の大きな抑制に成功した。またNMRセル電極の改良により(2)の浮遊電場の原因も電極表面に残存する水分のみに絞り込み、上記のベーキングに加えこの水分の新たな除去法を確立した。この結果、イオン光学系の浮遊電場が10 mV程度まで抑制され、トリエチルアミンイオンを用いた原理検証実験を本格的に進めた。しかし、本研究で借用した分子科学研究所の実験室が施設改修のため使用できなくなり、年度半ばで開発装置の解体を余儀なくされた。そのため装置の完成度をさらに高め、最終目的の質量分析機能を兼備したNMR装置の開発を目指して、今後の方針で述べるイオン軌道計算によるシミュレーション計算実験の準備を進めた。
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今後の研究の推進方策 |
本装置の開発課題はほぼ達成され原理検証実験を始めNMR分光法の研究を本格的に進めてきたが、借用中の実験室のある分子科学研究所施設建物全体の改修工事が決まり、本大型装置の移設と再構築が場所的、費用的に困難となり、実験が継続できなくなった。しかし、本装置が将来的にも多分野の化学分析に不可欠であることを鑑み、これまでの開発装置の公表を目して、年度後半から独自に開発した技術を含めイオン光学系のシミュレーション計算の準備を進めてきた。ここでは市販のイオン軌道計算のソフトウェア (SIMION8.1)を用いて、実寸大の製作したイオン光学系と超電導磁石の磁場データを入力し、実験とほぼ同じ条件で以下の計算機実験を行う。 (1) イオン源の特性評価: イオン源に独自で開発したパルス型のポテンシャルスイッチや進行波型多段減速器を組み込んで光イオン化で発生したイオンを減速している。これらの減速器の特性の評価を計算機実験により検討する。 (2) イオンの極低温冷却法の最適化:核スピン分極を充分な感度で観測し磁気共鳴を検出するために速度分布幅を± 0.3 m/s (< 1 mK)以下に狭める必要がある。この目的で速度選別法と速度分散補償法を独自に開発した。これらの方法をイオンの軌道計算により検証し、最適条件の探索を行う。この結果と今までに得た実験結果を比較し特性評価を行う。 (3) 本NMR装置は質量分析機能を付加し一般イオンに拡張するために、ICRセルをイオン源に組み込むことが必須となる。既存のSWIFT法の導入によるイオンの質量選別法の整備と新たにICRセルを用いたイオンの減速法の開発が必要となる。質量選別後、捕捉電圧を下げて一定の並進運動エネルギー以上のイオンをセルから排除した後、下流側の捕捉電圧を0 Vに下げて残存する低速イオンをNMRセルに導入する極低温冷却法を計算機実験で検証し確立する。
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