本研究では質量分析法に構造解析機能を付加した次世代的な化学分析法を創製するため、イオンサイクロトロン共鳴質量分析法と組み合わせが可能な気相分子イオンの核磁気共鳴(NMR)分光法を新たに提案し開発を進めた。この方法では傾斜磁場を有する超電導磁石内に設置したNMRセルに低速で速度分布幅の非常に狭い極低温イオン束を捕捉し、セル両端でイオンの往復運動に同期してNMRコイルでRF磁場励起を行い、核磁気共鳴で誘起するスピン状態の異なるイオンの核スピン分極(傾斜磁場との相互作用で生じるイオンの加減速による空間的分離)を観測する。ここではこの磁気共鳴検出原理を検証し、史上初めての気相イオンのNMRスペクトル測定を行うことを目的とした。本申請研究では申請者が先行研究で開発した種々の要素技術の組み合わせによるNMR分光装置の完成を目指し、(1) 気相イオンの極低温冷却法の改良を進めた。 また(2)超低速イオンのセル内での透過率を上げるために、浮遊電場の抑制技術を含めたセルの極低温環境を開発した。さらに (3)セル両端に設置するNMR用コイルとRF周波数の自動掃引の可能な磁場励起システムを開発した。以上の開発研究で気相NMR分光装置を完成し、標準イオンのトリエチルアミンイオンを用いた原理検証実験を進めたが、研究で借用した分子科学研究所の実験室が施設改修で使用できなくなり実験が継続出来なかったため、NMRスペクトル測定の実現に至らなかった。最終年度は、開発してきた技術の完成度をさらに高め将来の気相NMR分光法誕生に資するため、本方法の要となるイオン冷却法(イオン減速法と速度分布幅圧縮法)の特性を理論計算により詳細に検討した。ここでは計算機内に実物大の装置を構築し、イオン軌道のシミュレーション計算により冷却過程の最適化を行い極低温冷却法を確立した。
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