研究課題/領域番号 |
18K05232
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
鈴木 悠 福井大学, テニュアトラック推進本部, 講師 (90600263)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 未分解絹フィブロイン水溶液 / 分子量低下 / 精練条件 |
研究実績の概要 |
再生医療においては細胞だけでなく、細胞が増殖・分化しやすい周辺環境の構築、すなわち細胞足場材の役割が重要である。絹フィブロインは蚕の作る絹の構成タンパク質であり、高い生体親和性、生分解性、成形加工性を有しており、フィブロインナノファイバーマットが細胞足場材として期待されている。しかし、安全かつ安価なナノファイバーマットの作製技術は確立されていない。そこで本研究では、カイコの吐糸メカニズムを模倣し、溶液中の絹フィブロインの立体構造を制御することで、高濃度絹フィブロイン水溶液を調製し、それを用いて高強度ナノファイバーマットを作製することを目的としている。 本年度は、家蚕繭から未分解絹フィブロイン水溶液の調製法の確立を目指して研究を進めた。従来の家蚕絹フィブロインの形成加工では、家蚕繭を沸騰水中で糸取りして生糸を得、石鹸、炭酸ナトリウム等の水溶液で煮沸することでセリシンを除去し精練糸を得る。これを高塩溶液に溶解し水に対して透析することで再生絹フィブロイン水溶液が得られ、フィルム、ヒドロゲル等へ加工される。この方法で得られる再生絹フィブロイン水溶液は、フィブロインH鎖の分子量が低下し、分子量分布も大きい。一方、未分解フィブロインのヒドロゲルは分解フィブロインに比べ細胞接着がよく、細胞の代謝活性も高い等の報告がなされている。また、再生フィブロイン材料の機械的特性も、分子量によって大きく異なることが予想される。しかし、家蚕繭から未分解フィブロインを調製する簡便な方法はいまだ確立されていない。そこで本年度は、家蚕繭から未分解フィブロイン水溶液の調製法を検討した。その結果、フィブロインの分子量低下は精練温度に大きく影響を受けることが明らかとなり、精練温度60度、精練時間60℃という条件で、フィブロイン分子の分子量低下を抑え且つセリシンが除去された水溶液が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、蚕の紡糸システムの模倣によるフィブロイン製細胞足場材の開発である。そのためには蚕体内の液状絹に近い再生絹フィブロイン水溶液を調製する必要がある。そこで本年度は、家蚕繭から未分解絹フィブロイン水溶液の調製法の確立を目指して研究を進めた。 まず、家蚕カイコから調製した液状絹水溶液およびセリシン水溶液のSDS-PAGEから、フィブロインH鎖、 L鎖とセリシンA、M、Pおよびそれ以外の分子量を持つセリシンタンパク質の存在を確認した。家蚕繭、生糸(沸騰で糸取り)、精練糸(沸騰で糸取り後沸騰水中で1時間精練)をそれぞれ高塩水溶液に溶解、透析して得た再生フィブロイン水溶液のSDS-PAGEの結果、精練糸のみフィブロインH鎖の分子量低下が確認され、フィブロインH鎖の分子量低下は精練過程にあることがわかった。そこで、精練時間および温度を変えてフィブロインH鎖を分解させない精練条件の検討を行った。その結果、精練温度70℃以下でフィブロインH鎖の分子量低下が抑えられ、H鎖の分子量低下は精練温度に大きく影響を受けることがわかった。1H NMRで残留セリシンを確認したところ、精練時間30分では、80℃以上ではほぼ除去できるが、70℃以下では残存セリシンが確認された。そこで、精練条件60℃, 60分とすると、フィブロインH鎖の分子量低下が抑えられ且つセリシンMが除去された水溶液を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
未分解フィブロイン水溶液の調製法の確立について、セリシンMは除去された水溶液を得ることができたが、セリシンA及びPが若干残存しているため、タンパク質精製用カラムを用いてフィブロインH鎖の精製を行う。また、タンパク質変性剤である尿素やグアニジン塩酸塩を用いてセリシンを完全に除去し且つフィブロインH鎖が分解されない条件の探索も同時に進める予定である。 これらの検討で未分解フィブロイン水溶液が得られた後、溶液NMR法による構造解析を行う。カイコ体内に保持される絹フィブロインは、βターンの繰り返しという規則的な立体構造を形成している。そこで、高濃度絹フィブロイン水溶液の濃度と立体構造の関係を明らかにし、立体構造が形成される至適濃度・各種イオン濃度、pHを決定する。具体的には、家蚕絹糸腺内の溶媒条件である、濃度20~30%w/v、pH4~6、カルシウムイオン濃度、マグネシウムイオン濃度等による立体構造変化およびゾル-ゲル転移について評価を行う。 さらに、エレクトロスピニング法を用いたナノファイバーマットの作製を開始する。シリンジ-ターゲット間距離、電圧、射出速度、ターゲット回転速度等のパラメータの最適化を行う。特に、これまでの研究活動から絹フィブロイン/ポリウレタン小口径人工血管の作製において、シリンジ-ターゲット間距離によりナノファイバーマットの多孔度が変化することが明らかになっているため、詳細に検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
参加を予定していた高分子討論会(札幌)およびNMR討論会(札幌)が、北海道地震の影響で開催されなかったため、国内旅費に一部未使用額が発生した。次年度以降、別の学会(高分子学会年次大会・シルク学会等)で本研究成果を発表するために使用予定である。 消耗品費として計上した実験用ガラス器具および溶液NMR試料管は、今年度は使用しなかったため購入を見送った。次年度に購入予定である。
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