エレクトライドは、結晶学的空隙を電子が占有し、その強い電子供与性に注目が集まっており、研究代表者らも、その物質探索だけでなく、応用の開発に注力している。 本研究では、興味深い窒化物Na3Nの合成と電子構造の解明、応用の開発を狙ってきた。1年めには、反応性蒸着法を用いて、窒化物薄膜合成を試みたが、Na/N間の低い反応性のために、エレクトライド物質を合成できなかった。Na3Nのような空隙を持つ物質は、イオンのパッキング(充填)状態が不十分なために、陽イオン/陰イオン間の静電引力による十分な格子の安定性が得られない。この困難さに打ち克つためには、低温かつ、反応性の高い窒素プラズマを用いる必要がある。窒素プラズマの状態を精密に制御し、ピンク色のHモー ドのプラズマを用い、かつ、Na原料固体の、プラズマに対する位置を微調整することにより、Naの融解を抑制し、かつ表面反応性を高めることができ、2年めには、青黒 いNa3N固体の合成に成功した。得られたサンプルの拡散反射スペクトルは、金属性酸化物ReO3のスペクトルに似て、プラズマ吸収のカットオフ(約2.2eV)を示し、金属的伝導を示唆した。金属NaへのNの挿入は、Na+イオンの生成だけでなく、結晶学的空隙をも生み出した。前者は、Na+イオンの高密度に充填された副格子を生成させ、それにより、空(非占有帯)のNaのバンドは大きく広がる。空隙は、そのNaの空のバンドと相互作用し、そのバンド幅をさらに増大させ、その結果、バンドギャップが潰れてしまう。このような現象は、バンド反転と呼ばれ、相対論的効果の無視できない重元素を含む物質でまれに生じる。軽元素からなるNa3Nは、固体中の空隙を用いて、バンド反転を生じさせた物質であることを見出した。窒化物だけでなく、金属間化合物においても、化学結合に関与するユニ-クな空隙を見つけることができた。
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