研究課題
今年度は主として次の2つの成果を得た。1)非線形光学顕微鏡専用の無発光性色素として新たに開発された分子(BO)を用いた色素ベース和周波発生(SFG)イメージングを用いて細胞モデルであるジャイアントベシクル(GV)の形態進化をモニターした。DOPC単成分GVの膜にBOを負荷したところ、GVの最も外側の膜が明確に可視化された。この結果は、非線形光学顕微鏡の原理上、もともと外側と内側が同一成分であった脂質二重層に、明確な外面と内面を与えたことを意味する。SFG顕微鏡を用いてさらに観察を行ったところ、色素濃度に依存してGV内部にもSFG活性小胞が初めて検出されただけでなく、SFG活性内部を含むこれらのオリゴラメラ小胞がBO負荷後に形成されたという実験的証拠を提供した。内部SFG活性小胞を有するオリゴラメラベシクルの形成過程をモニターし、その形成機構を考察した。2)非線形光学顕微鏡専用の無蛍光性色素を用いてGVとラットのドーパミン作動性神経細胞を用いた、脂質二重層のSFGイメージングとコヒーレント反ストークスラマン散乱(CARS)イメージングの特性を詳細に比較した。CARSイメージングはGVおよび細胞内の全脂質構造の可視化に利用できるが、細胞膜の同定には不十分である。この原理的な問題は、最も外側の細胞膜のみを可視化する無発光性SFGイメージングを同時に用いることで補完されることを示した。更に本技術により、細胞膜下の脂質滴のような細胞内脂質構造の生細胞追跡に適用できることを示した。無発光性色素を用いたSFGとCARSの組み合わせによるマルチモーダル非線形イメージングは、GVと生細胞における脂質二重層を調べるための強力な化学イメージングツールとして役立つことを示した。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の計画は、「無蛍光SHGイメージングは、細胞膜に適用範囲が限られている。そこで研究期間中に無蛍光SHGイメージングの適用範囲を拡張するため、特に細胞内小器官や細胞膜の部分構造のイメージングを狙った様々な専用分子を開発する」というものであった。現在、上記の当初目標が達成されつつある一方で、研究開始当初は全く予期していなかった研究成果も得られている。これらは本研究で開発された無蛍光色素分子と、非線形光学イメージングの高い表面選択性が最大限に生かされたことによって得られたものである。例えば、人工細胞系であるジャイアントベシクルを用いた実験において、専用色素でジャイアントベシクル膜に「表と裏」の印をつけて、和周波発生(SFG)イメージングを行ったところ、ベシクル膜の形態変化の前後で、印をつけた膜がどのように動いたかがわかるようになった。(Colloid Surface B, 2020)また別の研究では、SFGイメージングで細胞の一番外側の細胞膜のみから選択的にSFG光を検出しつつ、コヒーレント反ストークスラマン散乱(CARS)シグナルによって、脂質全体を捉えることにより、細胞膜直下の脂質滴のような脂質構造のダイナミクスの追跡に適用できることを示した。(Anal. Chem. 2020)以上のように、目標以上の成果が得られたことから、当初の計画以上に進展していると判断した。
今後は当初目的通り、この研究で開発された新しい無発光性色素分子の中で、どのような構造を持つものが細胞膜を通過して細胞内部に入り込めるのかを明らかにするとともに、細胞外から細胞内に入る様子を捉えることにより細胞内染色メカニズムの解明を目指す。このメカニズムは、従来の蛍光プローブ分子等が膜を透過し、細胞内小器官を染色する機構とは全く異なる。本研究の分子は分子頭部に親水基と尾部に疎水基を持つことから、高い膜親和性を示す。そして二重膜中にとどまることで、膜上で第2高調波発生(SHG)や和周波発生(SFG)などの非線形光学現象が起こるようにする機能を持つ。このような高い膜親和性を持ちながら、同時に細胞膜を透過し、更に細胞内部の膜でSHGやSFGが起こるのである。当初目的の達成のために、本研究でこれまで得られた細胞および、ジャイアントベシクルを用いて得られた知見を最大限に活用する。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (22件) (うち国際学会 8件、 招待講演 1件)
Colloids and Surfaces B: Biointerfaces
巻: 186 ページ: 110716~110716
10.1016/j.colsurfb.2019.110716
Bulletin of the Chemical Society of Japan
巻: 92 ページ: 1729~1736
10.1246/bcsj.20190157