研究実績の概要 |
生体内の「鉄」は、呼吸により取り込まれた酸素の運搬貯蔵・エネルギー生産・遺伝子などの重要物質の合成・毒素の分解などに関与するため、生命維持に必須の微量金属元素である。一方で、鉄は活性酸素種の産生源にもなるため、過剰になると組織や細胞に傷害を与えてしまう。ヒトは、食物に含まれる鉄イオンを十二指腸(小腸上部)の柔毛表面を構成する粘膜上皮細胞の腸管内腔に面する細胞膜上に局在する膜貫通型鉄還元酵素Dcytbを用いて還元し、二価金属トランスポーターDMT1を用いて腸管細胞内に吸収する。これらの膜タンパク質の機能不全は、鉄代謝異常の要因となるため、機能制御機構を詳細に理解することは医科学的にも重要である。体内で余剰になった鉄については、制御可能な排出経路がないため、鉄の吸収調節が生体内鉄濃度の維持では重要なステップとなる。 本研究では、ヒトの鉄イオン吸収メカニズムの分子論的な解明を目指して、ヒト由来DcytbについてX線結晶構造解析を行い、世界で初めて立体構造を決定した [M. Ganasen, et al. (2018) Commun. Biol. 1, 120]。その次のステップとして、立体構造から新たに明らかにした情報を生きている状態の細胞で検証すること、そのような細胞でのDcytbとDMT1による鉄イオン吸収の機能評価を行うことを主な目的とし、ヒトの腸管における鉄イオンの吸収をプラスチックプレート内で再現できる「ヒト腸管モデル細胞系」を構築した。この機能評価系により、フルクトースなどの糖がDcytbに作用することで鉄イオンの吸収を向上させること、Dcytbの細胞質領域が細胞内の鉄濃度制御に関わることを明らかにした。
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