研究課題/領域番号 |
18K05325
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
中野 修一 甲南大学, フロンティアサイエンス学部, 教授 (70340908)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | DNA四重鎖構造 / DNAループ / 熱安定性 / 塩基性タンパク質 / 生体ポリアミン |
研究実績の概要 |
細胞内部の分子環境が核酸の非構造部位に与える影響を明らかにするために、本年度は主にDNA四重鎖のループ部位に与える影響を調べた。グアニンの連続配列が形成する四重鎖構造は、細胞の老化やガン化に関わる核酸の非標準構造として注目されている。前年度に得られたDNA二重鎖のループ構造に対する実験結果に基づいて、ループの長さが異なるDNA四重鎖配列(がん遺伝子のプロモータ領域やテロメア配列で見られる配列)を複数設計し、蛍光測定によって四重鎖構造の熱安定性を評価した。数種類のモデルタンパク質を用いて検討を行った結果、リゾチームおよびヒト血清に含まれるタンパク質はループ部位を含むDNA四重鎖構造の安定性を向上させ、長いループ部位を含む四重鎖構造ほど安定化効果が顕著に現れることが見出された。数パーセントのタンパク質濃度で効果が見られたことから、DNA四重鎖との弱い相互作用によってもたらされる作用と考えられる。この四重鎖構造の安定化効果は高塩濃度条件では見られず、タンパク質の塩基性アミノ酸とDNAリン酸の間の静電相互作用が重要であると推察された。また、ゲル電気泳動によってDNA四重鎖とリゾチームの結合が示されたことから、DNAのループ部位に塩基性タンパク質が結合することで四重鎖構造が安定化したと考えられる。さらに、ポリエチレングリコールやデキストランなどの水溶性の中性ポリマーを用いて構築した分子クラウディング環境では、長いループ部位を含む四重鎖構造の安定性はリゾチームによって大きく向上し、短いループを含む四重鎖構造の安定性に匹敵するほどであった。生体ポリアミンや塩基性アミノ酸を多く含むポリペプチドを用いた場合でもDNA四重鎖は安定化するものの、興味深いことに、これらのカチオン性物質の効果はDNAループの長さに関係なく見られ、塩基性タンパク質とは効果が異なることが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度は、インターナルループ・バルジループ・ヘアピン部位を含むDNA二重鎖構造が生体ポリアミンとジアミン化合物によって安定化することを見出した。今年度は、DNAの四重鎖構造に対して検討を行い、大きなループ部位を有する四重鎖構造が塩基性タンパク質によって安定化することを明らかにした。この安定化効果はDNAループが大きくなるほど顕著であり、様々な実験条件で評価を進めた結果、ループ部位(非構造部位)とカチオン性物質との間の非特異的な静電相互作用によってDNA非標準構造の安定性が向上することがわかってきた。細胞に存在するカチオン性物質がDNA非標準構造を安定化させるという知見は、細胞で形成されるDNA構造が分子環境の影響を大きく受けている可能性を示しており、その生物学的意義に興味がもたれる。一方で、塩基性のポリペプチドや生体ポリアミンによる安定化効果はDNAループの長さに関わらず見られ、塩基性タンパク質とは作用機構が異なることを見出している。この原因は明らかになっておらず、さらに多くの種類のカチオン性物質やDNA構造を用いて調べる必要があると考えている。さらに今年度は、実施が遅れていた分子クラウディング環境の構築を行い、この特殊な分子環境ではカチオン性物質の効果がより顕著になることを見出した。以上のように、DNAの非構造部位は細胞内部のカチオン性物質と分子クラウディング環境の影響を大きく受けることが示され、核酸の非標準構造の形成における非構造部位の役割が明らかになりつつある。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに得られた知見から、嵩高いカチオン性物質はDNAの二重鎖と四重鎖のループ部位と結合することが可能であり、非標準構造を安定化させる役割をもつことが推測された。今後は、さらに多くの種類のDNA構造(ループの位置や種類の違いなど)とカチオン性物質(電荷数、分子サイズ、構造柔軟性などの違い)の影響を比較することで、非構造部位によってもたらされる安定化効果の一般性を検証する。現在、塩基性タンパク質の作用機構を明らかにするために、化学合成したオリゴペプチドを用いた実験を開始している。さらに、細胞内部のカチオン性物質と分子クラウディング環境がDNA塩基配列の認識能力に与える影響を調べるために、非構造部位が起点となって起こるDNA鎖交換反応の解析を試みる。一方で、分子クラウディング効果をもたらす環境因子(排除体積効果、脱水環境、低誘電率環境、高粘度環境など)の特定にも取り組む予定である。また、DNAとともにRNAの構造形成も細胞機能に重要であり、その構造多様性はDNAをはるかに凌ぐものである。RNAには多くのタイプの非標準構造が知られており、RNAが形成する高次構造やタンパク質との結合は細胞の遺伝子発現制御に重要である。このため、RNA構造に対する検討も極めて必要であると考えている。次年度は、DNAに対して得られた知見に基づいてRNA構造に与えるカチオン性物質の影響を調べることを計画しており、RNAの非構造部位が果たす役割の解明も目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度はほぼ計画通りに研究を進めることができたものの、前年度に生体ポリアミンの作用メカニズムの解明実験を優先させたことに伴う研究計画の一部変更により、消耗品の購入に充てる予定であった予算に残余が生じている。次年度は消耗品として、引き続きタンパク質や分子クラウディング剤等を購入し、RNAオリゴヌクレオチドの購入を増やす予定である。
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