研究課題
リン欠乏下の植物では、生体膜を構成するリン脂質の大部分を分解し、糖脂質で代替する機構が存在する。この機構により、リン脂質分解で生じたリンを、他のより重要な生体内の代謝系に利用する。この機構はリン欠乏時の膜脂質転換と呼ばれ、植物がリン欠乏下で生育する際に必須の適応機構であることが申請者らのこれまでの研究により明らかになっている。このリン欠乏時の膜脂質転換の際のリン脂質分解は、リン欠乏時にのみ生理的意味のある反応経路であると長年考えられてきた。しかし近年、申請者らの研究により、このリン脂質分解に寄与する酵素であるホスファチジン酸ホスホヒドロラーゼ(PAH)は、窒素欠乏下の植物生育にも重要な役割を担っていることがわかった。そこで本研究では、シロイヌナズナを中心とした植物の膜脂質転換の活性化や制御に関わる各種酵素遺伝子の変異体や過剰発現体を用いて、リンや窒素など栄養ストレス下の植物生育における膜脂質転換活性化の生理的意義およびその分子メカニズムの解明を目指している。1.膜脂質転換が活性化したシロイヌナズナ形質転換体の作出と栄養応答の解析平成31年度までに、PAHと同様、リン欠乏時のリン脂質分解に寄与するNPC5の各種過剰発現体(野生株またはPAH欠損変異体バックグラウンド)の単離を進め、野生株とリン欠乏時の生育比較を行った。引き続き残りの形質転換体の単離を進め、膜脂質組成変化や遺伝子発現変化など詳細な解析を進める予定である。2.ゼニゴケの膜脂質転換が担う栄養欠乏ストレス耐性平成31年度までに、ゼニゴケを用いた膜脂質転換と栄養ストレス応答の解析を行い、ゲノム編集によるPAH欠損変異体の単離に成功した。野生株との比較解析を進めたところ、ゼニゴケのPAH欠損変異体も、リン欠乏耐性、窒素欠乏耐性、いずれの栄養欠乏耐性が低下することが初めて明らかになった。
1: 当初の計画以上に進展している
シロイヌナズナの形質転換体の単離については、まだすべての種類の単離を終えていないため、栄養条件を変えて野生株と比較する際に十分な解析が進められていない状況であるが、その一方で、初年度から着手していたゼニゴケのPAH変異体は単離に成功した。また、ゼニゴケにおけるPAHの解析を進めることで、PAHがリン欠乏や窒素欠乏の際の脂質生合成経路の依存度に応じてその寄与の度合いが異なることがわかった。以上のように、学術的に意味のある重要な結果が得られ、また学会発表で報告し、論文としてまとめるだけの十分な研究成果が得られたことは、昨年度の大きな成果であったため。
シロイヌナズナについては、引き続き形質転換体の単離および解析を進める予定である。また、植物種を広げて膜脂質転換の解析を進めることは、植物における膜脂質転換が担う栄養欠乏ストレス耐性メカニズムを解明するためには、重要な切り口であると考えられる。そのため、シロイヌナズナでの解析を進めるとともに、ゼニゴケにおける解析、特にPAHを介した膜脂質転換の生理的意義を論文としてまとめるとともに、膜脂質転換に重要であると考えられているもう1つのリン脂質分解酵素、NPC5を含むNPC遺伝子の解析を進めていく必要があると考えている。
網羅的遺伝子発現解析および代謝物プロファイルの解析の外注に使用予定であった研究費が、シロイヌナズナ形質転換体作出に時間を要していることから、来年度持越しとなったため。令和2年度にすべての解析植物の準備が整う予定であるので、その際の上記解析に使用する予定である。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 3件、 招待講演 1件)
Frontiers in Plant Science
巻: 10 ページ: 709
10.3389/fpls.2019.00709
Plant Molecular Biology
巻: 101 ページ: 81~93
10.1007/s11103-019-00891-1