研究課題/領域番号 |
18K05384
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
吉見 啓 京都大学, 農学研究科, 特定准教授 (60436102)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 糸状菌 / 菌糸接着 / 基質定着 / α-1,3-グルカン / ガラクトサミノガラクタン |
研究実績の概要 |
多細胞の真核微生物である糸状菌(カビ)の細胞は細胞壁で覆われており、栄養基質への定着・侵襲には細胞壁成分を主とする細胞表層の物性が重要な鍵を握る。また、糸状菌を液体培養すると菌糸が絡まり菌糸塊を形成することは知られているが、その分子機構は全く不明である。申請者は、これまでに糸状菌における不溶性の細胞壁多糖α-1,3-グルカン(AG)と水溶性分泌多糖ガラクトサミノガラクタン(GAG)が菌糸接着因子であることを明らかにした。しかしながら、AGおよびGAG糖鎖の物理化学的性質と糖鎖間の相互作用に関しては不明である。本申請研究では、精製糖鎖を用いた糖鎖間の相互作用をin vitroで解析するとともに、糸状菌においてAG及びGAG発現量を制御した株を用いたin vivo解析を行い、これらの比較解析により菌糸接着と基質定着の分子機構を総合的に理解することを目的とする。本目的を達成するため2019年度は以下の研究を実施した。 GAG糖鎖における糖鎖間相互作用メカニズムの解析:昨年度確立したGAGのEtOH分別沈殿抽出法を用いて麹菌培養上清から純粋なGAGを精製し、GAGのアセチル化度を決定した。また、精製GAGおよび脱アセチル化したGAGを用い、in vitroによるGAGの菌糸凝集性を評価した。その結果、GAGによる菌糸凝集性には、GAG糖鎖中のN-アセチルガラクトサミンの脱アセチル化と、それにより生じたアミノ基を介した水素結合が関与することが明らかになった。 AG修飾酵素の解析とAG分画・精製法の改良:これまでに、AG分子量と菌糸接着性には相関関係があることが示唆されているが、AG分子量の調節機構は不明であった。そこで、AGの分子量制御への関与が推定されるAG修飾酵素の特性を解析した。また、AGの抽出精度を改善するため、ゲル濾過カラムを用いたAGの分画・精製法を改良した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、これまでに確立したEtOHを段階的に添加するGAG高純度精製法を活用し、麹菌培養上清からほぼ純粋な水溶性分泌多糖GAGを精製することに成功して、それを活用した種々の解析を実施できた。まず、精製GAGのアセチル化度をコロイド滴定法により決定した。また、in vitro菌糸接着性解析により、GAG糖鎖中のN-アセチルガラクトサミンの脱アセチル化と、それにより生じたアミノ基を介した水素結合がGAGの菌糸凝集性に関与することを明らかにした。これらの成果は、Frontiers in Microbiology誌、10巻(2019年)に掲載済みである。また、AG分子量と菌糸接着作用の関係解明の観点から展開していたAG修飾酵素(GPIアンカー型アミラーゼAgtA)の機能解析から、AgtAはマルトオリゴ糖誘導体に対する糖転移活性を有し、重合度5以上のオリゴ糖誘導体に対してエンド型の加水分解能を有することが明らかとなった。本成果の一部については、日本農芸化学会2020年度大会等において発表済みであり、原著論文についても現在投稿準備中である。さらに、菌糸凝集や基質定着に関わる細胞壁構築機構に着目した阻害剤探索から、糸状菌のPKC(細胞壁構築シグナル伝達経路におけるキーたんぱく質)に特異的な阻害剤を発見し、その作用機構を明らかにした。本成果は、Applied and Environmental Microbiology誌、85巻10号(2019年)に掲載済みである。今年度は異動に伴う研究の遅れが懸念されたが、それも最小限に止まり、上記のような研究成果を得ることができた。以上より、本研究はおおむね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究成果により、GAGを介した菌糸の接着機構が明らかになったことから、今後は糖鎖間の相互作用および糸状菌の基質認識機構を詳解するため以下の研究を実施する。 ①糖鎖間分子間相互作用解析法の開発および糖鎖間、糖鎖-基質間の相互作用解析:(a)AG被覆粒子の作製~ 精製AGをアルカリDMSOに溶解した溶液に疎水性微粒子(蛍光ラテックス粒子)を投入し、有機層から水層に移行する粒子をAG被覆粒子として回収する。粒子に吸着しているAGを硫酸加水分解することでAGの粒子吸着量を決定する。(b)GAG被覆粒子の作製~ GAGはアミノ基を有する正電荷多糖であることから、カルボキシ基を有する微粒子を用いて静電相互作用で被覆する。GAG被覆量は、被覆粒子の加水分解時に遊離するガラクトサミン量を定量して決定する。(c)相互作用解析~ AG被覆粒子、GAG被覆粒子、AG粒子とGAG粒子の混合系を用いて、粒子の凝集量をその凝集体のサイズ分布として動的光散乱法で計測・定量化する。栄養基質への定着能解析では様々な基質をミミックした基盤上(例:植物葉表面を模倣した疎水性ガラススライド、穀物顆粒を模倣した親水性プラスチック)に作製粒子を定着させ、洗浄強度を変化させて剥がれ落ちる粒子を蛍光強度により定量化する。 ②糸状菌AGまたはGAG変異株を用いた基質定着試験: 糸状菌は広くAGあるいはGAG、もしくは両方を有している。そこで生態的特徴の異なる複数の糸状菌においてAGおよびGAGの変異株シリーズを造成し、それらの菌糸接着能および基質定着能を評価する。 ③糸状菌における基質認識機構の解析:基質認識時に応答する遺伝子を特定し、その機能を解析する。また、基質認識と細胞応答に重要な細胞外環境応答に関わるシグナル伝達機構を解析する。 以上を実施することで、糸状菌の菌糸接着と基質定着の分子機構を総合的に理解できる。
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