研究課題
微生物が自らの生育限界を超えた環境条件に適応進化するにはどれほどの時間と突然変異の累積が必要なのか、といった生物進化の根源的な疑問を全ゲノムレベルで解明するような研究は、様々な技術的制約・時間的制約のために実施するのは極めて困難であった。しかし、近年のゲノム解読技術の発展により実験室レベルでのこうした研究テーマへの挑戦が可能になってきた。シアノバクテリアSynechococcus elongatus PCC 7942は常温・淡水性のシアノバクテリアであり、生育上限温度以上の温度では細胞は分裂異常によりフィラメント状になり、細胞増殖は抑制される。我々はこのシアノバクテリアを研究材料に、長期高温培養による適応進化実験を継続しており、生育限界温度を超えた適応進化株の取得に成功し解析を進めている。引き続き長期恒温培養をおこなっている細胞を経時的に全ゲノムリシーケンス解析し、累積的な突然変異の蓄積をできた。培養初期段階に生じた変異の解析については前年度までに作製した変異株、3重変異株などを用いた遺伝子の機能解析を進めている。併せて実施したトランスクリプトーム解析の結果については、これまで高温下での発現変動の報告例のない遺伝子について情報の整理を進めた。これらのうちの一部の遺伝子についてはさらに機能解析を開始した。また適応進化株において至適生育温度のトレードオフが起きたかどうかについて検証実験をおこない一定の成果を得た。これらの結果について今後さらに追試と詳細な検討をおこなう。また長期高温培養による細胞形態や細胞内構造レベルでの変化についても透過性電顕解析による追加データを取得し、細胞膜構造などに特徴的な変化を観測できた。またこれらの実験と平行して新規の高温耐性突然変異株を取得できた。
2: おおむね順調に進展している
平成29年度末に所属機関を異動したことにより研究環境の再セットアップの必要に迫られたが、本年度までに一部の装置を買い替えて機器の違いによる温度等の補正を綿密におこなうことで恒常的な培養系を安定させることができた。これにより実験回ごとの細胞状態のばらつきを抑えられるようになったため、トランスクリプトーム解析などの結果の再現性が良くなった。
これまでに検出されている突然変異の再現性や適応進化株の多様性について検討するため平行した新規培養ラインの確立を進めた結果、新たな変異株群を取得できた。これらについて解析を進めることでより多角的な視点から耐性獲得のメカニズムを考察できる。また細胞の微細構造についてのデータを追加することでより詳細なデータを揃えてこれまでの結果を取りまとめる計画である。
解析予定であった電子顕微鏡解析に関する支出計画がサンプルの状態異常により中止となったため年度内の予算執行に間に合わなかった。これについては既に再解析を始めており、次年度内に適切に予算の執行をおこなう。また新型コロナウイルスCOVID-19の国際的流行による2020年3月の学会中止により、予定していた年度末の出張計画に大幅な変更が生じたため次年度に予算を繰り越した。次年度もCOVID-19の影響から出張計画に大きな影響が生じることが予想される状況であることから、不足する可能性がある消耗品や雑費などの費目に振り替えるなどして適切かつ柔軟な対応により予算執行する計画である。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 2件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (4件)
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