研究課題/領域番号 |
18K05417
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研究機関 | 東京農業大学 |
研究代表者 |
朝井 計 東京農業大学, 生命科学部, 教授 (70283934)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 遺伝子サイレンシング / DNAメチル化 / エピジェネティクス |
研究実績の概要 |
納豆菌の類縁菌で高い自然形質転換能をもつ枯草菌ゲノムに光合成細菌のシアノバクテリアゲノムを挿入した、キメラゲノム細菌シアノバチルスでは、シアノバクテリアゲノムが分断して組み込まれた3領域に特徴的に転写産物が検出されない。この現象を、水平伝播における外来遺伝子の発現を阻む機構を再現したものであり、実験室で解析することができる具体例と考え、その機構を、キメラゲノム細菌、シアノバチルスを使って、遺伝子発現制御レベルとエピジェネティック制御段階で詳細に解明することを目的として解析を行った。 成果1)シアノバチルスにおける、シアノバクテリア由来の遺伝子の発現がおきない要因として枯草菌由来の遺伝子発現システム、転写装置(RNAポリメラーゼホロ酵素[RNAP])やリボソームを含む翻訳装置がシアノバクテリア遺伝子に適合していないと考え解析をすすめた。枯草菌内でシアノバクテリア由来のRNAPコア酵素の構築に成功したが、主要シグマ因子SigAに関しては、枯草菌のSigAがシアノバクテリア由来のRNAPコア酵素に結合していた。枯草菌のSigAの発現レベルを低下させることで、シアノバクテリア由来のRNAPホロ酵素が形成され、細胞の増殖低下が生じることが示唆された。一方、シアノバクテリアSigAが枯草菌由来RNAPコア酵素と活性のあるコア酵素を形成することも示唆された。 成果2)枯草菌においてDNAのメチル化や核様体タンパク質によるエピジェネティックな制御が考えられる。そこで、枯草菌内在性のDNAメチル化酵素に加えて、異種細菌の4つのDNAメチル化酵素を枯草菌内で発現させ、枯草菌ゲノムをメチル化していることを確認した。枯草菌内在のDNAメチル化酵素の有無により遺伝子の転写上昇及び抑制が起こることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は当初以下の2つの実験過程に分けて、枯草菌宿主細胞内におけるシアノバクテリア由来のDNAの遺伝子発現抑制、遺伝子サイレンシングについて解析することとした。1)シアノバクテリアの遺伝子発現に適した、転写装置、翻訳装置を宿主である枯草菌細胞の中で構築すること。2)核様体タンパク質やDNAメチル化によるエピジェネティックな遺伝子発現制御について解析すること。1)に関しては、枯草菌内で宿主枯草菌SigAの発現を抑制することで、シアノバクテリア由来のRNAPホロ酵素形成が起きることが示唆された。また、同時に枯草菌のSigAの発現抑制下で、シアノバクテリアのSigAでも、枯草菌RNAPコアとホロ酵素形成し機能することも観察された。枯草菌内でシアノバクテリア遺伝子が転写されないのは、SigA内に進化の過程で生じたアミノ酸配列の差異が及ぼすプロモーター認識の変化が主たる要因と考えられた。SigAのプロモーター認識能を任意に変化させ、シアノバクテリア由来の遺伝子が枯草菌内で発現するかどうかの検討が今後の課題であるが、そこに移行する準備は整っていると判断した。2)に関しては、枯草菌+シアノバクテリアであるシアノバチルスにおいて、DNAメチル化様態を観察したが、枯草菌と大きな差は見られなかった。しかし、定常期に入ると、僅かながらシアノバクテリア遺伝子の転写の上昇が観察された。定常期に枯草菌SigAの活性が自発的に抑制されたことによる影響と考えられた。一方、枯草菌に近縁の細菌のゲノムを導入し、そのエピジェネティックな遺伝子発現制御についての解析を開始した。解析の助けとなる異種細菌のDNAメチル化酵素や核様体タンパク質を枯草菌内で発現させる株を構築した。以上のように当初予定した計画の準備段階のものもあれば、解析に移行できる状態になりつつある段階のものもあるため、区分は(2)とした。
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今後の研究の推進方策 |
1)枯草菌内で構築できた、シアノバクテリア由来のRNAPコア酵素に加え、宿主枯草菌のSigAの発現をCRISPRiによって転写抑制し、シアノバクテリア由来の主要シグマ因子シグマAも効率よく発現させ、シアノバクテリア由来のRNAPホロ酵素の構築を目指す。シアノバクテリア全ゲノムの転写誘導が宿主に悪影響を与える可能性を考慮し、シアノバクテリアゲノムを枯草菌ゲノムに部分的に導入した枯草菌株もあるので、ホロ酵素をシアノバチルス内で発現させ、シアノバクテリア由来の遺伝子の発現誘導をシアノバクテリアゲノムの部位別に観察する。枯草菌+シアノバクテリアであるシアノバチルスは形質転換能が低下している上に、薬剤選択マーカーが複数使われていて、遺伝学的な扱いが難しい。必要ない薬剤選択マーカーをゲノム編集によりゲノムから欠失させる。また、接合伝達を利用して、効率的なシアノバクテリアの遺伝子組換え系を構築する。 3)シアノバクテリアのゲノムとは別に、枯草菌に比較的近縁のゲノムサイズの小さい難培養性の腸内細菌であるセグメント細菌のゲノム導入を推し進める。挿入した異種ゲノム発現をエピジェネティクスにより制御可能か検討する。 2)エピジェネティックな遺伝子発現制御については、まず枯草菌を宿主として解析する。枯草菌内在のDNAメチル化酵素に加えて、異種細菌の複数のDNAメチル化酵素を枯草菌内で発現させ、DNAメチル化による遺伝子発現変化が環境適応等の表現型に影響を及ぼすかを解析する。また、核様体タンパク質については、枯草菌では現段階で一般的な核様体タンパク質として機能していると判明しているタンパク質がないため、大腸菌の核様体タンパク質を枯草菌内で発現させ、枯草菌遺伝子の発現に影響を及ぼすかを観察する。核様体タンパク質様の機能を有する枯草菌固有の因子を探索する。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)最大の理由は、初年度に本事業内容に密接に関連した内容で先進ゲノム支援に応募し採択されたことである。従って、初年度は、本事業内容に基づき、研究計画を練り直し、ウェットな解析以外に、資料やパソコンを利用したドライな解析を中心に研究をすすめた。すなわち、2年目にジャンプアップするための準備期間としたために、残額が生じた。2年目は比較的順調に研究が進展したが、初年度の差額を解消するまでには至らなかった。研究の内容は進展したが、以下の理由で研究速度の低下が生じた。研究期間2年目の終わりまでの間、年末年始にかけて、大学全体で新研究棟への研究室の移転作業があった。申請者の所属する研究室も同様で、その移転作業のために基本的に研究の速度が低下した。研究成果の報告、並びに情報収集のために、年度末に予定していた多くの研究会・学会が中止となり、旅費や学会参加費等の助成金使用が必要ではなくなった。 (使用計画)次年度は、シアノバチルスの株作製および、遺伝子発現解析などを実施する予定である。加えて、枯草菌+セグメント細菌の菌株の作製を行う。それらの下準備はできているが、ゲノム編集ツール等、新たな実験手法の導入も必要であり、そのための開発や実施のための消耗品・試薬の購入が多くなると思われる。
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