本課題は、地域伝統発酵食品の乳酸菌叢および成分組成をマルチオミクスの手法により包括的に明らかにすることを目的として、自然発酵により製造される乳酸発酵食品「すんき」(赤カブの葉の漬物)の研究を行った。細菌叢についてはほとんどの試料でLactobacillaceae科乳酸菌が95%以上の占有率を共通して示したが、菌種レベルではLactobacillus属を始めとする11属30種以上が含まれた。その構成比も試料により大幅に異なり、主要な乳酸菌種の構成比を分類したところ大きく3つのタイプに分類することができた。試料の成分組成については多岐に渡る代謝物に試料間の相違がみられ、菌叢タイプ間において含有量に有意差のある成分やpHとの関連が明らかとなった。さらに、すんきから純粋分離した18菌種の乳酸菌を用いたin vitro発酵試験を行い、個々の乳酸菌種が成分組成と到達pHに与える影響を解析し、マルチオミクス解析で示唆された菌叢・成分・pHの関連性の実証を試みた。これらの乳酸菌うちLactobacillus delbrueckiiによる発酵が、旨味成分であるコハク酸および漬け菜の香り成分であるイソチオシアネートの高蓄積に寄与することが再現されたことから、良風味な発酵漬物を製造する方法として特許出願した(特願2021-025599)。また、要因となる成分や代謝系は不明であるが、Limosilactobacillus fermentumには到達pHの高さとの関連が確認され、すんき発酵におけるpH低下不良の原因であることを強く示唆した。本研究の解析手法は、大きな多様性を伴うすんきの特徴を俯瞰し、一個の地域伝統発酵食品としての全体像を明らかにした。マルチオミクス解析は発酵食品の複雑系から種々の関連性を引き出すことが可能であり、製品品質や製造安定性向上への活用が期待される。
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