研究課題/領域番号 |
18K05519
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
槇 靖幸 九州大学, 理学研究院, 准教授 (50400776)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 量子ドット / 食品ゲル / ソフトマター / エイジング / 粒子追跡法 |
研究実績の概要 |
ゼラチンのゲル化に伴うレオロジー的性質の変化を粒子追跡法で測定した。ゼラチン溶液の時間経過に伴うゾル状態からゲル状態への変化は、粒子の二乗平均変位の挙動の変化により記述することができた。また、全粒子のvan Hove関数はゾル状態ではガウス分布に従ったが、ゲル状態では非ガウス型であった。非ガウス型のvan Hove関数は、ガラス状物質のような、動的不均一性を示す系に特徴的であることが知られている。ゼラチンゲルの場合は、van Hove関数が時間発展しないこと、個々の粒子のvan Hove関数はガウス分布に従うことから、観察された非ガウス型のvan Hove関数はゲルの弾性率の空間的な不均一性に起因すると考えられた。ゼラチンは食品ゲルとしては透明で均一なゲルであると考えられているが、ゲル状態では揺らぎの凍結に伴う構造の不均一性が存在することが指摘されており、粒子追跡法でその不均一性をレオロジー的な視点で検出できたと考えられる。本研究結果はFood Hydrocolloids誌に掲載された。 粒子追跡法を用いて透析法によるコラーゲンゲルの構造形成を観察した。透析法では、ゲル化を誘起する溶液中で高分子溶液を透析し、二溶液の界面から徐々にゲル化が進行する。コラーゲンの酸性溶液を中性緩衝液で透析すると、直径数十μmの多数の管状構造がゲル化方向に沿って配向した多管構造ゲルが得られる。透析法によるコラーゲンゲルは、筋肉と同様にマイクロオーダーの異方的な組織を有するため、その構造形成の原理は特徴的な食感をゲルに付与する手法として応用できるかもしれない。粒子の二乗平均変位の挙動の変化により、コラーゲン溶液と緩衝液の間の相互拡散による非ブラウン運動的な巨視的流れの発生とそれに続くゲル化による流動性の喪失を観察した。また、ゲル化後の粒子の局在は、粒子の表面特性とサイズに依存することを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ゲル中の溶媒に分散した量子ドットのブラウン運動の観察にはまだ成功していないが、不均一なゲルのモデルとして、当初想定していたアガロースゲルの代わりに、透析法によるコラーゲンゲルを新たに利用することで、濃厚相(ゲル相)と希薄相(流体相)への粒子の局在に関してより多くの知見を得ることができた。多管構造コラーゲンゲルは、不均一構造の形成を光学顕微鏡で容易に確認でき、また蛍光免疫染色して共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM)観察を行うと濃厚相と希薄相を明確に区別できるため、蛍光粒子の局在を詳細に調べることができた。蛍光粒子を添加したコラーゲン溶液を用いてゲルを作製し、CLSM観察を行うと、表面にカルボキシル基を持つCdSeS/ZnS量子ドットでは濃厚相に局在することが示された。また、表面にカルボキシル基とアミノ基をそれぞれ持つ直径50 nmポリスチレン粒子では、カルボキシル化粒子では濃厚相に局在するが、アミノ化粒子では濃厚相と希薄相の両方に存在することがわかった。このことから、上記のカルボキシル化量子ドットはコラーゲンゲルネットワークに物理的に吸着してゲル相の可視化に利用できる可能性があり、表面にアミノ基を持つ量子ドットを用いればゲル中の溶媒に分散する蛍光プローブとして利用できる可能性があると考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
透析法による多管構造コラーゲンゲルが不均一なゲルのモデル系として有用であることがわかったので、この系を用いた粒子追跡法の実験をさらに進める。粒子表面の官能基がゲル中の粒子の局在化に寄与することが示唆されたので、アミノ基を表面に有する量子ドットを用いて粒子の局在化をCLSMで調べ、ゲル中の溶媒に分散しているようであれば、粒子追跡法による測定を試みる。また粒子の表面を高分子鎖で修飾することにより、粒子の分散性やゲル相への選択的な吸着挙動を制御できる可能性がある。カルボジイミドによるアミド結合形成反応を利用して、カルボキシル化量子ドットの表面のカルボキシル基にアミノ基末端を持つポリエチレングリコール(PEG)を結合し、PEG化量子ドットを作製する。アミノ化量子ドットと同様にPEG化量子ドットのゲル中での局在化を調べ、粒子追跡法への利用可能性を検討する。これまで、粒子追跡法は蛍光顕微鏡下での粒子の変位測定(video microscopy)に基づいた方法を検討してきた。量子ドットは高い量子効率を持つものの、粒子径が小さく、高倍率の対物レンズによる観察が必要であるが、これにより画像は暗くなり、直接の変位測定は比較的難しくなる。そこで、CLSMの視野内での蛍光相関分光法(FCS)による粒子のブラウン運動の評価についても検討する。FCSでは個々の粒子の運動を測定することはできないが、フェムトリットルオーダーの微小な共焦点体積内の粒子の平均的な挙動を評価できるため、観察点を走査することにより、不均一なゲル中における溶媒の流動性の位置依存性を評価できると考えられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初はシグナル-ノイズ比と時間分解能の優れたカメラを新たに導入して粒子の変位測定の高精度化に注力する予定であったが、今年度は既存設備であるCLSMを用いた粒子の局在化に関する実験で進展があり、こちらに重点をおいて研究を遂行してきたため、カメラの導入は見送られた。次年度は、研究の進展を見計らって、当初予定に基づいて高性能のカメラを導入するか、またはCLSMを利用したFCS測定システムの整備を行うか、検討する。
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