本研究では近赤外光を用いてタンパク質の機能を操作できる光スイッチタンパク質の作製を目的としている。細菌由来のBphP1とQPAS1は近赤外光に応答して可逆的に結合・解離を行うことが知られている。QPAS1を最初から細胞膜に局在させることで、BphP1を光依存的に細胞膜へと局在させることができる。 今年度はPI3キナーゼとSOSの光スイッチの作製・機能解析を試みた。PI3キナーゼはホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)を生成する酵素である。PIP3は細胞膜上の内側に存在するシグナル伝達脂質で、細胞の成長・生存、細胞運動、小胞輸送などさまざまな生理作用に重要な働きをする。またSOSはRasのGDP-GTP交換反応によりRasを活性化させる。下流のMAPキナーゼカスケードの活性化は細胞の増殖や分化を引き起こす。PI3キナーゼとSOS2は共に触媒ドメインを細胞膜近傍に移動することで機能を発揮させることができる。実験デザインとしてはPI3キナーゼの制御サブユニットであるp85bのiSHドメインをBphP1と融合することでPI3キナーゼ光スイッチを作製した。また、SOS2光スイッチはSOS2の触媒ドメインとBphP1を融合した構造になっている。PI3キナーゼ光スイッチをHeLa細胞に発現させたところ、近赤外光依存的に細胞膜にPIP3が蓄積することを確認することができた。またSOS光スイッチをPC12細胞に発現させ細胞分化を観察した。PC12細胞は神経成長因子添加によって交感神経様に分化することが知られている。この細胞に近赤外光を照射したところ細胞分化の促進が見られた。ただしどちらの光スイッチの場合も細胞応答効率は低く、さらなる改良が必要であると考える。
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