研究課題
植物細胞壁による病原体認識やこれを介する情報伝達・応答についての研究は世界的にも例がない。申請者は、作物病害の8割を占める糸状菌病の研究から、植物細胞壁が病原菌を認識し、構成タンパク質を通して速やかに情報を伝達して細胞内外の防御応答を開始させる仕組みについて解析してきた。これらの知見から、「植物細胞壁は PTI とは異なる独自の防御システムを備え、病原菌の一部は宿主植物の細胞壁を標的とする感染戦略を獲得して適応する」という考えを示した。H30 年度では、細胞外(アポプラスト)のクラス III 型ペルオキシダーゼに着目し、シロイヌナズナにおける PTI 応答への関与について調べた。予備的な解析から、73 種の分子種のうち PRX34 をコードする遺伝子が顕著な PAMP(キチンオリゴ糖、flg22 ペプチド)応答性を示したことから、当該遺伝子の T-DNA 挿入変異体を選抜し、これらについて詳細に解析した。その結果、選抜した 3 系統のうち、prx34-1 は hypomorphic mutant であり、他の 2 系統(prx34-2、prx34-3)は mRNA およびタンパク質の蓄積が全く認められない null mutant であった。これら 2系統を使って、flg22 誘導性の ROS 生成とカロース生成について調べたところ、いずれの応答も抑制され、病原細菌や糸状菌に対する罹病性が促進されることが明らかとなった。一方、PRX34 過剰発現体では、ジフェニレンヨードニウム(DPI;NADPH オキシダーゼ阻害剤)非感受性の ROS 生成が観察されるとともに、病原細菌および糸状菌に対する抵抗性が付与された。以上から、PRX34 は PTI を構成する因子の1つであり、細胞壁における ROS 生成やカロース生成を正に調節していることが明らかとなった(Zhao et al., 印刷中)。
2: おおむね順調に進展している
植物感染生理学研究の分野では 2000 年以降、細胞膜受容体(PRR)や下流因子の同定に関心が寄せられてきた。このような状況の中、申請者らは植物細胞壁に存在するエクト型 ATPase が自身の加水分解活性を通して細胞内外の情報伝達系を調節することなどから、植物細胞壁を「異物認識と応答を行う防人器官」として提唱している。中でも、2012 年の発表論文では、植物細胞壁に防御応答に関連する巨大複合体(300~750 kDa)が存在することを世界で初めて明らかにし、防人器官としての植物細胞壁の役割を決定的なものにした。本複合体には、エクト型 ATPase の他にクラス III 型ペルオキシダーゼ(活性酸素産生酵素)などを含んでおり、細胞壁を起点とする病原体認識・応答を調節する仕組みが明らかになりつつある。実際、今年度の研究から本複合体に糸状菌起源のキトサンオリゴ糖に対する特異的結合タンパク質を見出した。次年度は、その全容の解明に向けて、さらに生理・生化学および遺伝学的解析を進め、申請者が推測している情報伝達の流れを明らかにしていく予定である。
植物細胞壁に含まれる巨大複合体は塩化ナトリウムで組織から容易に可溶化される。また、構成するペルオキシダーゼ(活性酸素産生酵素)は可溶化後もエリシターやサプレッサーに対する応答性を保持しており、さらに同複合体に含まれる ATPase はサプレッサーに応答してモノマー化する。31 年度は本複合体を二次元 Blue-Native PAGE で分画して構成する全タンパク質を明らかにする。これによって巨大複合体の実体が明らかとなり、複合体からの ROS 生成や ATPase による調節機構の解明が期待される。鍵となる分子については、ノックアウト変異体を用いた解析を展開し、状況に応じて既知のシグナル変異体を利用して他の情報伝達系とのクロストークについて解析する。また、これまでの予備的な解析から、植物組織または分離細胞壁をエリシターで処理すると急速な ROS の生成に伴って未同定の抗菌性物質(付着器からの侵入を阻害する)の生成が起こるが、抗酸化剤やサプレッサーを与えた場合にはその生成は顕著に阻害される。これは、遺伝子発現を伴って合成されるファイトアレキシンとは異なり、細胞壁(アポプラスト)で速やかに生成されるポストインヒビチン様の物質と推測している。31 年度はその構造を明らかにし、定量法を確立して組織での生成速度や時期について調べ、防人器官としての植物細胞壁の役割を確かなものとする。
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Journal of General Plant Pathology
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