本研究は、日本国内におけるスギ黒点病菌の遺伝的構造を明らかにするとともに、国内に自生するスギの遺伝的構造との関係を明らかにすることを目的とする。本年度は、これまでに天然林を中心とする日本国内28道府県45市町村のスギ林から得られたスギ黒点病罹病雄花分離菌株のうち、スギ黒点病菌特異的マーカーにより選抜した同菌菌株について、スギ黒点病菌のマイクロサテライト(SSR)マーカーの3遺伝子座を用いて、DNA多型解析を行った。同定した遺伝子型データをもとに基礎的統計解析を行った結果、複数の個体群でHardy-Weinberg平衡からの有意なずれが検出された。固定指数Fstをもとに集団間の遺伝的分化を評価した結果、都道府県別に個体群集団を定義した場合では、青森と福島西部、千葉と神奈川、神奈川と静岡のそれぞれの個体群ではほとんど遺伝的に分化していなかったが、そのほかの地域間では中程度の遺伝的な分化が認められた。北海道の個体群は北関東以南の個体群と高度に遺伝的に分化しており、特に中部地方以西の太平洋側と九州の個体群と非常に高度の分化が起こっていた。このことから、スギ黒点病菌は元来スギの分布していなかった北海道道南地域に生息するスギ黒点病菌は東北地方の特定の個体群に由来したものと推測された。一方、個体群集団をスギの種苗配布区域を基に定義した場合では、第四区(主に山陰地方)と第六区(九州地方)の個体群では高い遺伝的分化が認められたが、第一区(主に北東北)と第二区(日本海側中部)、第二区と第三区(太平洋側の南東北から中部)ではほとんど遺伝的に分化しておらず、それ以外の個体群間での分化の程度は中程度であった。
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