多雪山地に分布する落葉樹ブナの集団を対象に、気候温暖化に対する進化的応答を予測するための基礎となる開芽日・開芽温量の種内変異(①標高傾度に沿った変異、②集団内変異、③遺伝的分化)を明らかにするため、青森県八甲田連峰において開芽・気象観測、遺伝分析、及び植栽実験を行った。①標高の異なる12地点で実施された開芽・気象観測で得られたデータを用いた分析により、標高が高い集団ほど開芽温量が大きくなる(すなわち、開芽が遅延する)傾向が認められた。また、この標高間変異は消雪日の変異と有意に関係しており、中~高標高域では標高に関わらず展葉日と消雪期(根開け日~消雪日)が一致していた。さらに、八甲田連峰の東部に位置する盆地(田代平盆地)の集団が山腹斜面の集団よりも開芽温量が大きいことも明らかとなった。②開芽温量の集団内変異の程度(個体間分散)についてみると、標高間変異は認められなかった。その一方で盆地の集団の値が山腹斜面の集団よりも大きいことが明らかとなった。このような集団変異の地形間変異は、斜面から盆地への一方向的な遺伝子流動、もしくは自然選択圧の変動による遺伝的多型の維持によるものと推定された。③集団間の遺伝的分化を明らかにするためマイクロサテライト遺伝子座の集団間変異を分析した結果、明瞭な標高間の遺伝的変異は認められなかった。一方、盆地の中央に位置する集団は他の集団と遺伝的組成が異なり、盆地系統的にやや異なる集団が分地に分布していると推定された。さらに標高の異なる3地点に設定した圃場などに植栽したブナ稚樹の開芽時期を分析した結果、開芽時期における標高間変異及び盆地・斜面間の変異は遺伝的な集団間変異を反映していることが明らかとなった。また、低標高の植栽地では中・高標高域よりも晩霜害の発生頻度が高く、気候温暖化により消雪期が早まると晩霜害の頻度が高くなると推定された。
|